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ウルクアレク  作者: かえる
【 Wolfalex――I 】……街でのひと騒動をズバんと解決する導入部分のお話です。
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04 少女エリ ③


「……だよね、実際、助けてくれたんだもん。たぶん私、思い違いだったんだ……そうだよね、本当なら、恥ずかしい姿だったにもかかわらず私のために――そう考えなきゃいけないよね。あっ、そっか。だから乱暴な感じだったのかな……きっと戦士さん流の照れ隠しなんだね……。そう思うと、可愛い男の子さんだよね、えへへ」


 エリは独り言のようにしてブツブツ呟いた。

 どうやら、男から感じた粗暴さは戦士ゆえの気性の荒さなのだろうと考えを改めたようだ。

 ゆえに赤毛の少女は、表情を緩めくすりと微笑むのだろう。


「早くしろ」


 催促のすぐあと。男の大きく厚い手のひらの上に、白く細く柔らかな両手がそっと乗る。

 エリは素直に応じた。

 戦士がふと見せたその優しさに……。


「おい、お前。何をしている」


「ほえ? 何って、ご厚意に甘えて手につかまってみたんですれど、きゃうんん」


 エリの手が吹き飛ばされるようにして振り払われる。


「ええいっ。なぜ俺がお前みたいなクサコと好き好んで手を繋がなにゃならんっ。俺のこの手はカネだ。金をよこせの手だっ」


 戦士の男は大声で言い放つと、再度手の平を差し向けた。

 デコボコのある地面をころり回転したエリは、思わぬ展開に体の痛みを味わう余裕もない。


――唖然。


 動揺も収まらぬまま、自分より一回り大きい相手へと向き合う。


「あの……はい!?」


「やはりクサコだけあって察しが悪いのか。まったく面倒なヤツだな。いいか、いろいろと不足気味のクサコ。どうやら俺はお前を髭面共から助けたようだ。ならば、俺に報酬を差し出すのがスジだろう。そうだな……、1万だ。さっさと1万ルネを払え」


 きょとんとした表情を浮かべていたエリ。

 そこに理解が訪れれば、小さな口がパクパクと開閉した。


「なななんで、お金、お金取るんですか!? その、そのなんでお金取ろうとするんですか! 報酬ってどういうことですかっ。助けられた私が言うのもなんなんですけれど、なんかそれ違うような気がします。人助けでお金を要求するなんて、そんなの、そんなのナシですよ絶対っ」


「俺はありだぞ」


「はい、はいっ そのアリは道徳的に問題アリだと思いますっ」


 縛られた両手を空にぴんと掲げ、エリがぴょんぴょん飛び跳ねる。


「創世神アマンテラスの教えにも、お金じゃ買えない何かが大切ってありますし、そのアリはナシですよ」


「お前のありなしルールなんぞ知るか。そもそも俺は”ドウトク”とやらを知らんし、教会なんぞも行かん。俺はもうお前から金を巻き上げると決めたのだ。潔くルネをよこせ」


「ああっ、今巻き上げるって言った、言いましたよね。それってもう、追い剥ぎですよ。はっ、もしかして初めから私を助けるつもりなんてなかったってことですか!? きっとそうだ。そうなんだ。そうなんですか!? 私、また騙されちゃんですか!?」


「ええい、ピーピーワーワーうるさい女だな。アレだ、さっきのは言い間違えた。本当は謝礼の金をもらうと俺は言いたかったのだ」


「一緒だよう。言い方変えただけで中身はきっと一緒だよう……」


 エリは言って、その顔に後悔の色を見せていた。

 戦士風の男の異質さに気づき、今更ながらにこの場から逃げおおせていない自分を悔やむのだろう。

 そして、それは現実味を帯びて少女を襲う。

 地面に突き刺されていたロングソードが引き抜かれた。

 男の引き締まった顔は、数々の修羅場を乗り越えた戦士のそれであった。


「クサコの相手もいい加減面倒に思えてきたなあ……。早くこの茶番を終わらせたい俺は、ウジウジするお前のために選択肢をくれてやろうと思う。俺に金を払ってバッサリ切られるか、金を払わずにザックリ切られるか、さあ、選べ」


「どっち選んでも終わるよう……私の人生が終わるよう」


 力なき声音を漏らし、エリはへたりと座り込んだ。


「そうか、クサコは金を払わずにザクザク、グサグサ刺される方を選ぶのだな」


「ままま待って下さい、お金を払うことに納得できないと言えばそうですけれど、そうじゃなくて、私払いたくてもお金持ってないんですよ。私の格好を見て見て。もうほんとボロボロで見るからに見るからにっ、お金持ってなさそうですよね!? ですよねっ」


「ぬむ……」


「さらわれた時に身ぐるみ剥がされて無一ルネですから。本当ですからっ。だから早まらないでくださいっ、刺さないでぐださいよう……うぐ」


 エリは頭を抱え込み全身を亀のように丸くすると、濡れる瞳をぎゅっと(まぶた)で覆った。


「だろうな。例外もいるようだが、俺は経験からガキと小汚い格好のヤツは間違いなくルネを持ってないことを知っている。だからだ、クサコっ」


「ひゃん」


「ぐぬぬ、なぜ俺としたことがお前のようなルネなしを助けてしまったのだ」


「うぐ、うぐ……知りませんよ」


 エリが半べそをかきながらのぞき見る相手は、腕を組み申し分ない仁王立ちで構えている。

 エリの頭の中で振り上げられていたロングソードは腰へ携えられていた。

 そして、相手は何やら目を閉じ考える様子だった。


 手入れが行き届いてないざっくばらんな髪を伸ばし、照りつける陽射しが良く似合う日焼けした肌を持つ男。

 鋭い眼光がなければ若者らしいあどけなさが垣間見える顔。

 しかしそのたたずまいと風格は、歴戦の勇士のごとき堂に入ったもの。

 隙だらけにもかかわらず、エリをその場に留めておくには十分な威圧を秘めていた。


――しばらくして、男の目がパっと開き口角を上げた。


 それはエリにとって不気味以外の何者でもない笑みだったろうか。

 口からのぞかせる白い歯には、獣の牙と見間違うような尖る歯が混ざる。


「そういえば、貧相に見えてもお前は女だったな。しかも若い女だ」


 男が一歩また一歩と近寄る。

 しゃがみながらも強張る顔を起こすエリに対し、ぐんと圧力が増すような歩みだった。


「ぐすん……まだ成長期なんです……」


 今にも泣き崩れるようにしてエリは言い返す。

 そうして、見上げる目と鼻の先……男がずーんと仁王立ち。


「ならば……若い女のルネなしの女ならばっ」


 再び男の上顎うわあごから生える牙が剥き出しになった。


「やはり、その体で払ってもらうしかないようだな」


「……へ?」


 エリが小首を傾げながらに。

 それから一拍の時を経て、乙女の悲鳴が山道に響く――。


 それはエリが言葉の意味を理解したということなのだろう。

 


魔法辞典:「ゆたんぽ」


水属性の中級クラスの魔法。

これが使えると一人前と認知される。


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