39 アーサー・ベネクトリアは教会がお好き。ラティス・ロイヤールはウサピーがお好き。 ③
加護の力を持つ人間とは特別である。
その者らは、彼の英雄王ルネスブルグを始め、歴史上幾らかの人物は存在した。
そして、生きたままとの条件を加えれば、今はアーサーだけとなるだろう。
このような稀な存在ゆえ、人々はアーサーを勇者へと駆り立てた。
弱冠二十歳の若き者であっても、神の使徒と謳い絶対的な信頼を寄せていた。
それが彼が生まれながらに背負う運命。
そんな勇者アーサーが祈りを捧げる姿を、仲間である魔法士ラティスはそっと見守るばかりなのだが。
「私にだって祈りたいことはありますのに。創造神とやらは、いけずなお方のようですわね」
どこか幼くムスっとして言い放たれたそれにも、祭壇の女神像は美しき微笑みを返す。
「あはは……ラティスさんの分もアーサー様がお祈りしてくださいますよ。あれですよね。私達がお祈りするのも大切だけれど、アマンテラス様の御加護を宿すアーサー様がお祈りを捧げるとすんごい効果があるんですよね。昔お世話になった教会のシスターさんが言ってました」
「相乗効果とでも申せばよろしいのでしょうか。おっしゃるように、アーサー様の祈りは参拝者方のそれとは比較にならない程の成果が得られるようで。どこかのいけ好かない――失礼。巫女サクラ・ライブラが言うには、教会は加護の力場を整え、アーサー様の加護の力も増大するようです。魔王討伐の事も考えれば欠かせない神事ですわね」
エリのくりっとした丸い瞳と比べれば、切れるような鋭利さを持つラティス瞳。
その黒く美しい瞳が、向き合う相手を変えた。
「やはり、話し相手が同じ女性だとラティも楽しそうだね。今はサクラがいないから特にそう見えるよ」
祈りを終えたアーサーが、乙女達の雑談にするりと加わる。
「はい。エリさんとは楽しくお話しさせて頂いておりますけれども、私はあの巫女以外の方でしたら、男性女性問わずどなたとでも」
「ラティのそれは、アマンテラスの教えにある、仲が良い間柄ほど罵り合えるだね。微笑ましく思うよ」
言葉通りのにこやかな表情でアーサーは切り返す。
「僕の場合だと、ノブナガになるのかな。旅の仲間であり、友人であり、時には兄であり。そんな彼だからこそ本気で言い争いをしてしまう僕がいる」
閉じられた瞼の裏には思い返す日々があったのだろう。
清々しい風が吹き抜けたような顔は、それが素晴らしきものだと語っていた。
その一方で、エリが苦々しい笑みを浮かべた。
「ノブナガさん、アーサー様の大切な人なんですよね……。どうしよう……アレクがあんなにゅ!?」
エリの口元が、蓋をされるようにして不意に押さえられる。
ぷるっとした唇には、すらり伸びたラティスの綺麗な人差し指が押し当てられていた。
「ふふ、突然失礼しました。エリさんの唇がとても柔らかそうで、なんだか気持ち良さそうで。私、可愛い女性も大好きなもので、つい触れてみたくなったのです」
艶めかしく言われれば、相手はぺろりと小さく舌舐めずりを見せた。
更には、その触れる手先をそのまま自分の頬へとまわしてくる。
「ふへ!?」
エリはよく分からずといった声を発しつつも、すい、と一歩後退。
そこへ追いすがるようにラティスが一歩前へ。
「すすすみません。そ、そのようなご趣味は、わわわたしにはまだ早いと。それにそれに、ここは教会ですからっ」
あたふたするエリの顔が紅潮し始める。
「本当に可愛らしい方ですわね。うふふ。どうにも私、エリさんを気に入ってしまったようですの」
「私初めてで、相手がラティさんで女の子だなんてそんな、心のじゅじゅ準備が、いきなり過ぎて準備が、ああ、だめえええ」
鼻先へと迫る艶美な乙女の唇に、狼狽を隠せない健気な乙女のエリ。
そして、乙女の影が重なった――。
「悪戯が過ぎました。ごめんあそばせ」
クスクスと笑うかのような謝罪だった。
それからラティスは、ぎゅっと目をつむるエリの横を素通りした。
ラティス、並びにアーサーが迎えたるは、カツカツと堅い床を鳴らしてこちらへと歩いて来る清楚な装いの女性。
「アーサー様。それにラティス様。お待たせして申し訳ありません。子供達による歓迎会の準備が整いました」
「いいえ、こちらこそシスターマルガリータ。シスターのご配慮で、アーサー様は粛々と祈りの儀を遂げること叶いました」
「シスターである私が言うのも不謹慎なことながら、民から慕われるばかりが良いものとは言えないもののようですね。表では、今もアーサー様やラティス様のご尊顔を賜わろうと街人達が集っています。特にアーサー様へは黄色い声が絶えないようで」
その人気者のアーサーらを別室へと促す素振りを見せようとしたところで、シスターマルガリータは『そちらは』とうかがいを立てる。
彼女のそちらは、明らかにただの給仕にしか見えない娘を指す。
「は、はい。こんにちは、シスター。私は『探し人』で教会を訪れたエリと言いますっ」
動揺から立ち直ったらしい――いいや、動揺した事実を誤魔化すための元気さだったろうか。
エリはハキハキと、自分の目的を伝えた。
「シスターマルガリータ、僕らに案内は必要ありません。どうか、彼女への助力をお願いします。さあ、ラティ、子供達の待つ部屋へ急ごう。ではエリさん、アマンテラスの導きを」
エリとシスターマルガリータを残し、勇者アーサーは別室への扉をくぐる。
魔法士ラティスも純白のマントの後ろを追う。
その大広間からの去り際、す、と首を回し周囲の目を盗むようにして何かを眺めた。
誰にも気づかれることもなかった短い所作。
しかしながら、教会の女神像の目には――。
黒き乙女が、長椅子ですやすやと眠る銀髪の幼女をまじまじと見つめていたように映っただろうか。
大陸辞典:「美少女戦士セーラー月子」
月夜の晩にあらわれては、自ら美少女と名乗り悪者を懲らしめる謎の仮面戦士。
一部では王族の姫との噂も。
悪党退治で損害を被った者には後日寄付金が届くなどのケアもあってか、王都政府からは疎まれつつも庶民には人気者のようだ。
特に子供たちのあいだでその人気は高く、「月子キック」と叫び、男子の股間を蹴り上げる遊びが流行している。