38 アーサー・ベネクトリアは教会がお好き。ラティス・ロイヤールはウサピーがお好き。 ②
背に翼を羽ばたかせる女神像。
祭壇のその像に頭を垂れ、勇者アーサーが祈りを捧げていた。
そんな勇者を待つ傍らで始まった、大広間の端での乙女達の話。
花を咲かせるその話題は、互いが知る武闘家ノブナガのことはそこそこに、エリがこうしてこの街に赴くハメになった話であったり、勇者達の目的であるクリスタのドラゴンの話であったり。
そして、今はどのような経緯でそうなのか。
王暦にて定められている記念モンスターの話題へと移り変わっていた。
きゃっきゃっとした乙女達の姿。
それを女神像は、神々しくも慈愛に満ちた微笑みにて見守る。
「まあ! 噛みつきウサピーちゃんだなんて羨ましいですわ。私なんて、愛しさの欠片もない瞬きペンギーですことよ」
「そうですか? 瞬きペンギーの、あの何を考えてるか分からないパチクリした目って可愛いじゃないですか……。あれ、瞬きペンギーの記念年って私の一つ前だったような……じゃあラティさんって、十七歳だったんですか!? うそおっ」
「あら、私そんな年増に見えまして」
「見えません見えませんっ」
大慌てでエリの首がブンブンと左右に振られる。
ぷるんぷるんと張りのある頬肉が波打つ。
「違うんですっ。私、ラティさんって体型も細くてすんごい綺麗な人だなって思ってたから、まさか私と一つしか違わないなんて思いもよらなかったから、それで驚いて」
「ふふふ、ありがとうございます。可愛らしい貴方から褒められると嬉しいですわ」
「私、可愛くなんてないですよう。うー、ほんと、なんでこんなに違うんだろ……」
腰回りを手でつまむエリは溜息をつく。
ないものねだりの眼差しがくびれた相手の胴を見つめる中、持ち主たるラティスは祭壇の方へ意識を向けているようであった。
エリが口をパカっと開き、ハっとなる。
「あわわ、私ってほんと駄目だ」
「どうかなさいまして?」
「私なんかの相手なんてしてたら、ラティさんがアマンテラス様にお祈りできないですよね。お祈りも勇者様達の大切なお仕事なのに……。私、ラティさんとお話するのが嬉しくて、つい夢中になってて。あうう、気が利かなくて、すみません」
「頭をお上げになってくださいまし。エリさんがお謝りになることではありませんし、そもそも魔法術者である私が、祈りを捧げることは憚られることのようですから。それに私とてお話が楽しく夢中になっていたのですから、ふふ、アーサー様の側に仕える者としてはお叱りを受けるやもしれませんね」
「……ウイザードだと、お祈りをしちゃダメなんですか?」
「ええ、駄目と言うよりは、遠慮した方が何かとよろしいようで。なんでも、サクラ・ライブラという胸につく贅肉だけが取り柄の、少々腐り気味の巫女が言うには――」
コホンと、軽い咳払いが一つ。
「失礼しました。私達の仲間である神官の話ですと、加護を呼び寄せる人々の祈りと違い、魔法を扱う者の祈りは魔力を呼び寄せてしまうらしく、教会に宿る創造神の加護を乱す恐れがあるらしいとのことでのようで。そしてそれは、ウイザードとしての質が高いほど影響が大きいとも……」
「そ、そうなんですかあ。魔力って、アマンテラス様の御加護との相性が良くないんですね……ほへえ」
「魔力によって万物へ干渉できる魔法と、時に奇跡と呼べるような森羅万象を顕現する加護の力は似ていると言えばそうなのでしょうけれども、同じ口に頂く物でも、お塩とお砂糖くらいの違いがある。恐らくそのような感じでしょうか」
調味料に例えられた魔法と創造神の加護。
どちらがしょっぱくどちらが甘いのかはさておき、人に大いなる力を与えるそれらの違いは他にも挙げられる。
魔法の一つである『拘束の鎖』を例にとれば、地中の鉄分から鎖を構築し、更に魔力で強度を上げるといった魔術式を組み、精霊と称される”媒介する者”との誓約を結ぶことにより行使することが可能となる。
対して創造神の加護は、術式の有り様に”媒介する者”は必要とせず、儀式や祈りによって呼び寄せ宿る力である。
その力は、教会や過去の人魔大戦で建築された砦などに見られるように聖なる力場を与え、”なぜだかモンスターなどが寄りつかない”、”なぜだか怪我の治りが早い”など、明確な原理が認知されないままに効力を生み続けていた。
――そして。
このような創造神の加護を生来から人の身に宿すのが、アーサー・ベネクトリアであった。