37 アーサー・ベネクトリアは教会がお好き。ラティス・ロイヤールはウサピーがお好き。 ①
石を建材にした荘厳な佇まい。
高い天井には七色に輝く硝子が埋め込まれ、そこから射し込む光は神秘の色となって祭壇へと降り注ぐ。
世界を創造したとされる神アマンテラスを祀る大広間――。
教会へ訪れる者は決して少なくない。
しかしエリが足を踏み入れた頃に神官や参拝者の姿もなく、とりわけて物静かであった。
並ぶ長椅子にはこてりと横になって休むココアの姿があった。
そこから正面奥――花々が飾られる祭壇の前では、膝をつき手を組むエリが神妙な顔つきでまぶたを下ろす。
「どうかココアちゃんにアマンテラス様のお導きを。それから、ノブナガさんが痔になりませんように御加護を」
静かな祈りが捧げられる。
神への祈りは心の声へと移り変わり、口をつぐんだ後もエリは静寂とともにあった。
頭を垂れたまま、ささやかな時間が流れる。
そうして、ふう、と息を漏らす頃になってから、ようやく気づく。
――少女エリの隣にもまた、神への祈りを捧げようとする者がいたのだ。
きっと、熱心に祈る少女への気遣いからなのだろう。
祭壇側の青年は気配を断つようにして佇んでいた。
「えっ? あへ!?」
「その様子だと、邪魔になってはいけないとそっと忍び寄ったことが、かえって君を驚かせる結果になってしまったようですね」
飛び退くような挙動の相手に対し、青年は申し訳なさそうに言う。
その面立ちは、柔らかな表情を持つ。
さらりとした金色の髪は、男性の無骨さを取り除いたと形容できる美しさを更に引き立てた。
気品と高潔さを表わすような純白のマント。
傍らの優雅な青年は大陸の誰もが知り、エリが魔晶石板で幾度となく見た姿であった。
「ゆゆゆ勇者様ですよね!? その、勇者アーサー様ですよねっ」
「はい。僕はアーサー・ベネクトリアです」
「うわあ、うわあ、本物だあ……」
エリは腰を抜かさまいと頑張りながらに、胸の膨らみを押し潰すようにして両手を抱く。
相手を舐めるように見る瞳は、輝きを増すばかりである。
そこにエリのものでもなく、まして勇者アーサーのものでもない声音――。
「教会でもありますし、これも創造神アマンテラスのお導きなのでしょうか」
それでも、エリが一度は耳にしているものであったろう。
祭壇の後ろ長椅子の辺り。
さらりと周りをうかがうようにして、長い黒髪を片方にまとめ束ねる若い女性が近づいてくる。
彼女を飾るドレスは襟元にリボンを、袖にはレースをあしらう。
スカートは傘のようにしてふわりと膨らむ。
上品な装いに違いないが、衣服の大部分を黒色が占める。
ゆえに白い肌はより際立ち、薄い唇の艷やかな紅もまた際立つ。
「アーサー様。奇遇なことに、そちらの方は道中にて遭遇した、カエルのモンスターの時にいらっしゃった方ですことよ」
「――はっ。あのあの、お礼が遅くなりましたが、その節はありがとうございました。アーサー様に、ええと」
「彼女はラティ。僕と一緒に旅をしている仲間で、あの時モンスターへ”炎の矢”を放ったのが彼女です」
「これは失礼しました。ご紹介に預かりました私、ラティス・ロイヤールは魔法士としてアーサー様のお供をさせて頂いています。よろしければ、ラティと気兼ねなく呼んでくださると嬉しいですわ。うふふ。以後お見知りおきを」
エリとアーサーから迎えられるようにして登場したラティス。
妖美な雰囲気を持つ乙女は、左右の手でスカートをつまみ上げ軽く腰を落とす。
上品な挨拶と笑みを贈られた健気な乙女の方は、手早く着衣を整えていた。
それから、スカートの裾をつまむ仕草。
どうやら見よう見まねで、自分の紹介を試みるようである――。