34 その男ノブナガにつき、よろしく。 ②
少女らもあちこちを見回す。
「え、え、突然なになに!? 何かいるの!?」
「どうしたの、牙のお兄ちゃん」
「ぐぬっ、俺としたことが迂闊だった。街へ入ってしまえば問題ないと踏んでいたが。こうも早くにアイツの連れと出くわすとは……。おい、そこの筋肉ダルマっ」
「なんだ? と、つい返事をしちまったが。俺をんな呼び方で呼ぶんじゃねえよ。そこの嬢ちゃんも言ってたろ、俺にはノブナガつー名前が」
「あのキモち悪いヤツはどこだ、どこに潜んでいるっ」
「ちっ、人の話は最後まで聞けよ。あの気持ち悪いヤツだあ?」
「とぼけるなっ。お前、アイツの連れだろっ」
「俺の連れで気持ち悪い……あーな」
エリの時と同じくノブナガの頭の上でも明かりが灯ったのだろう。
アレクからの”アイツ”に思い至るようだ。
「そいつは、アーサーのことか。確かに優男だからな。美形過ぎるあいつの面は、見方によっては女みてえで男らしさには欠ける。野郎からすりゃー気持ち悪いと言えなくもねえわな。ま、お前のその面じゃ妬んで当然か。かっかっか」
皮肉めく物言いで、ノブナガが笑う。
「ま、それはそれとしてよお、お前が言わんとするところは理解してるぜ。俺の仲間を気にするのは、当然といやあ当然だしな。けどよ、安心しな。この勝負に加勢なんてもんはねーよ。あいつらがクリスタ自治会から招かれて忙しい身の上ってのもあるが……」
全身に力を込めるような短い所作。
拳を構えたノブナガが、相手を見据える。
「お前とやり合うのは俺のプライドの問題だからよ。たとえ勇者だろうと誰だろうと手出しはさせねえっ」
ノブナガの言葉は周囲の者達に歓声を上げさせた。
観衆となる見物人からすれば、絶対的に頼りになる男の頼もしい台詞だった。
そして、見世物となる舞台で敵役となるほうのアレクであるが。
「ぬーん。見た目通りの脳筋だからか。どうにもこいつは俺の言葉が理解できんようだ。話が噛み合わん……おっと、クサコ以下のわけのわからん筋肉ダルマなんぞと、悠長に遊んでいる場合でもなかったっ」
アレクが慌てるようにしてエリの元へ。
「こんなところでゴタゴタやっている暇なんぞない。とっとと行くぞ、クサコっ」
急かすアレクの手が、いつものように首根っこを捉えようと伸びた時である。
アレクの背後――エリが見上げるそこに、一回り大きな人物が重なっていた。
無論、迫っていたのはノブナガであり、逃さぬようにと相手を捕まえた手はアレクの肩をしっかりと掴んだ。
「おいおい、『とっとと行くぞ』じゃねーよ。悪いが背中の一発の借りを返させてもらうまで、どこにも行かせるつもりは――」
「きゃっ」
ノブナガがすべての不服を告げる前に、エリから短く驚きの声が漏れた。
風切り音が鳴った場所では、アレクが条件反射とも言えるような速さで振り返り殴り掛かっていた。
ノブナガはアレクより上背がある。
アレクの一撃は、上方にある顔面を的にブオンと放たれた。
そして。
その一撃は、暑苦しいと言い放った相手の涼しげな顔の鼻先で停止したのだった。
「ぬぬぬ、なんだ、びくともせんぞ」
突き出すアレクの腕は掴まれ、がっちりと固定されていた。
ミシミシと音がなりそうな力強さで、ノブナガが相手の手首を締め上げ押さえつける。
「相変わらずの不意打ちだな。ま、仕方ねえよな。この程度だからこそ不意打ちでもしなけりゃ使えねーからよ。まだ二十六の俺が言うのもおかしいが……お前の拳、若い割には大した剛力とそれに見合う鋭さはある。けどよ、二流だ。体の使い方がなっちゃいねーな」
にっ、と笑顔を見せ武闘家の男は続けて口を開く――。
「俺のお師さんが言ってたぜ。研磨という努力を怠った拳は本物じゃねーってよ」
「ええい、キサマの御託なんぞ知る――か!?」
利き腕を抑え込まれたままのアレクが、逆の手を腰の武器へ伸ばした瞬間だった。
すこんっ――と、軽快な音が鳴るかのようにして、アレクの足元がノブナガの足によって払われた。
それからすかさずの、
――どすん。
鈍く重たい音が続く。
ド派手な尻餅をついたアレク。
掴んでいた腕を離すノブナガが、見下げる相手にクイクイと手招く仕草を見せた。
「さっさと立ちな。大陸一の武闘家ノブナガさんに、倒れている奴を相手にする趣味はねーからよ」
ノブナガの煽りに、二人を取り囲む観衆がどっと湧いた。