30 魔晶石 ◆
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古来より人は、青蒼めく鉱石に魔力が含まれていることを知る。
それでも岩石と比べ脆く多彩な加工にも不向きであった為、この魔晶石を装飾用の飾り石として扱うのみに留めていた。
しかし二十年余り前の頃だ。
魔術回路の出現により、その用途が激変することとなる。
魔術回路は一つの回路につき一つの魔法術式を作動させることを可能とした。
それは概ね、ウイザードのような魔法術者の役割を担うカラクリと言えよう。
よって従来の魔法同様、機能するには魔力を必要としたのであるが、この点が重要な課題でもあった。
魔法術者の場合であれば、大気中の流動する魔力を導き集め意識下で制御することができる。
しかしながら魔術回路では、魔法術者のそれに代わるような性能を発揮できない。
そこで注目されたのが魔晶石だった。
魔力を蓄蔵する魔晶石と組み合わせる。
このことによって魔術回路は、必要な魔力を補うことに成功したのだ。
これを機に、旧来の油で火を灯すランプに取って代わる魔力を燃料とした魔晶石ランプなど、魔力の供給さえあれば半永久的に機能し続ける魔晶石アイテムの開発が次々に行われていった。
そしてそれらは、複雑な魔法術式は組めないものの、魔法術者を介さず魔法効果を発現できる。
その利便性は瞬く間に魔晶石アイテムを大陸中に普及させた。
現在では多様性に富むばかりではなく、技術革新により魔力そのものに干渉し情報などを封じ込める媒体として魔晶石を活用する方法まで生み出されている。
『シンブン玉』が良い例であろうか。
このように魔晶石は昔と比べ、人々の生活に無くてはならない程に重宝されるようになった。
その魔晶石は鉱山より採掘できる。
そして、限られたものでもあるその鉱山を保有する街こそが。
――魔晶石の街クリスタであった。
クリスタは王都ルネスブルグから北西に位置する。
酪農の街プジョーニからはほぼ真北にあたるので、気候も穏やかなそれと変わりない。
しかしながら、東側ではネコの月でも雪が降るなど、大陸は地域によって同時期の気候がかなり異なる。
そして、この気候の変化が旅をする者へ与える影響は大きく、気候の差異がほとんどない南北の物的流通が盛んである。対して、旅路が困難となる東西のそれは乏しい。
このような流通事情から、西側で魔晶石を手に入れようとすればクリスタの鉱山採掘へ頼る他ない。
その為、林業を生業としていたクリスタは鉱山の街として様変わりしてゆく。
近年は魔晶石の街と呼ばれる程までに、魔晶石によって潤い大きな街となっていた……のであるが。
――とある事情によって、これまでとは様相が異なる魔晶石の街となっていた。
ある日のことだ。
高等魔族に分類される”手招きドラゴン”が空の彼方からやって来た。
街の人々が直面したその恐怖は語るまでもないだろう。
だが、幸いにもそうした事態にはならなかった。
――ただし、ドラゴンが街の大切な鉱山に住み着くようになる。
このことで、採掘場の鉱夫らが襲われる事故ばかりか、採掘する魔晶石が魔力保有量の少ない黒ずんだ質の悪いものが多くなった。
ゆえに鉱夫達は口々に声を上げた。
ドラゴンによって魔晶石の魔力が抽出されているのではないかと――。
このままでは魔晶石の街そのものが立ち行かなくなってしまう。
街の危機にクリスタ自治会はドラゴン討伐を冒険者ギルドへ依頼するに至った。
討伐クエストは、魅惑的な褒賞金の甲斐もあってか。地域によっては守り神として崇める者もいるドラゴンの討伐にもかかわらず、大陸中の猛者を呼ぶものとなった。
がしかし、やはりなのだろう。
難敵ゆえに、未だ街から危機は去っていない。
強靭な鱗や魔法耐性の性質、加えて特異な場所であることからも、ドラゴンはなみいる冒険者を尽く返り討ちにした。
――けれども、クリスタの街は悲壮感漂う有り様といったわけではなかった。
むしろ、今までで一番活気に満ちていた。
街の酒場や宿場は一攫千金を狙う冒険者たちによって連日の大盛況。
武器屋などの商人は品切れ続出にホクホク顔――と、懐を暖める者も多く、ドラゴンにあやかった商品販売、ドラゴン討伐に便乗した賭博などの商売を始める者までいた。
クリスタの街は冒険者や観光客などの多くの来訪者であふれ返る。
皮肉なもので、手招きドラゴンの恩恵にあずかる形で賑わいを見せていたのだった―――。