29 道中 ②
魔物とエリの間に割って入る者がいた。
薄く開かれた目が見るそこには、筋骨隆々の大きな背中。
筋肉の塊たる鍛えられた肉体を持つことが一目でわかる身体には、布地も少ない上着が被さる。
男の頭には帯状のバンダナが巻かれ、長い結びの先がはためく。
「安心しなお嬢ちゃん方。大陸一の武闘家であるこのノブナガさんが来たからには、もう大丈夫だ」
厚みのある背中で名乗りを上げる偉丈夫が、後ろのエリ達へその横顔を見せた。
そうして、腕を上げグっと親指を立てた――直後だった。
木漏れ日の中に赤い炎の閃光が走り、魔物が激しく燃え上がる。
爆炎が起こす熱風が、火の粉を乗せぶわりと拡がった。
「熱っ熱っ。アチいっ。おおいっ、ロイヤールっ! 俺が魔物の近くにいるのが見えないのかよっ」
体格に見合う威勢のいい声は、エリ達が通ってきた街道方向へ叫ばれた。
――木々の隙間を抜けた先、街道と並木の堺目付近に隣り合う人影。
エリが座り込む場所から細かな容姿は捉え難いが、伸ばす片腕の先から何かを放つかのような女と剣を携える男のそれであった。
『しっかり見えていますわよ。ノブナガはそちらの襲われている方々の盾の役割なのですから、多少の火傷は我慢してくださいまし』
返事のあった女性の声を探ると、すぐ側で聞こえる。
ノブナガと名乗る男の側頭部近くの虚空では、縦に浮かぶ大皿と似た大きさの”円”がくるくると回る。何やら、そこから音声を発しているようだ。
エリから不思議そうな顔を向けられる淡く発光する輪っか。
輪っかは、彼女も知るマジックスペルを刻む。
「勝手に俺をっ、盾役として使うんじゃねえよっ」
『勝手に飛び出して行ったノブナガなのですから、勝手をさせていただきましたわ』
「体が勝手に動いてたんだよっ。別にお前さんの手を借りなくともっ、俺の拳があれば」
『ノブナガ聞こえるか』
「と、アーサーか。どうしたっ」
離れた相手と話す大声は変化せずとも、”円”からの声は男性のものへと代わっていた。
『隣を見てくれ。どうやら簡単に倒せるような相手でもないらしい。並木の中ではこちらが不利だ。魔物を街道側までおびき出せるか』
向き直るノブナガの視線を追えば、魔法の炎が燃え尽き収まる場所にてカエルの魔物が平然と佇む。
恐らく睨み返しているのだろう目のある顔や肌に外傷らしきものは見当たらない。
周囲の枝葉を焦がす熱量であったにもかかわらず、無傷のようであった。
「今度は囮役かよ。そんなまどろっこしいことしなくてもよーっ、俺の舞闘拳技、インパクトショット一発でのしてやぐどらじゃがあああっ――――」
拳を構えていた男が唐突かつ派手な呻き――だけを残し、ものすごい勢いで魔物が待つ先へと吹っ飛んでいった。
背中に受けた衝撃が彼をそうさせた。
予想だにしなかっただろうそれは、戦士からの左右綺麗にそろった飛び蹴り。
そんなトドメを刺すような強烈さをお見舞いし、慌ただしい状況へ更なる一手を加えたのは、この集団の中でエリが唯一面識を持つ人物であった。
――そう、アレクだ。
そのアレクが間髪入れず、あんぐりと口を開けるエリを小脇に抱える。
そして。
ドドドドドッ――と、辺りの草や土を巻き上げ走リ出す。
「え、え、何!? つまり、どういうことなのおお――」
人助けに向かい可愛らしい少女と出会った矢先、
①大きなカエルの魔物と遭遇し、自身が危うい立場となりて、
②屈強な男が颯爽と助けに現れ、突然魔物が燃え上がれば、
③有無も言わさず善意ある男を蹴飛ばした旅の連れから、これまた有無も言わさず抱えられ持ち去らわれている。
困惑するエリ。
更にはその腕の中に、銀髪の幼き少女をぎゅっと抱しめていたままだった。
――すなわち。
こうして、旅先のクリスタ到着間際で起こった目まぐるしい一幕は、出会った女の子ともども、エリらが並木から離脱することによって閉幕と相成なる。
大陸辞典:「聖大剣・エクスガリバー」
ドラゴンすらもひと薙ぎの六合級の武器。
1/10スケールになれば人にも扱えそうだ。




