28 道中 ①
※
戦士と給仕の旅が始まった日から数えて三日目。
『土の日』も快晴に恵まれた。
太陽が真上近くまで昇る頃には、馬車は北街道に掛かる最後の森を抜けており、魔晶石の街クリスタまで続く並木道をカパラカパラと順調に走っていた――のであるが。
「なぜ止まる」
後ろからの疑問に馬達の歩みを止めたエリが、並木の一角を指差すことで応える。
「ほら、あそこ。立木の奥のほう見て。遠いからはっきりしないけれど、緑色の草の中に青っぽいものが混じってるの」
「どれ、顔にあるものすべてが優れている俺が確認してやろう」
エリの頭がわしっと掴まれ固定されると、その横に程々に整う男の顔が並ぶ。
「残念だったな、あれは宝箱の類ではない。青い服を着ているだけのヤツだ。動かぬところをみるとただの行き倒れのようだな。よし、先を急ぐぞ。早く馬車を出せ」
「待ってっ。急ぐところが違うよ。人が倒れてるなら私行って来る」
頭に置かれていたアレクの手をうんしょと除けエリが言う。
「ヤメておけクサコ。草の上で転がっているのはおそらくガキだ。ガキは金を持っていないと相場が決まっている。無駄足になるぞ」
「物取りが目的じゃないからっ。まだ息があるかも。助けなきゃ」
ふわりと丈の長いスカートが膨らむ。
だっ、と御者台から飛び降りたエリは着地するなり駆けた。
踏みつけられる堅い土が、膝下までの高さで生える草の柔らかいものへ変わる。
樹木を避けながら行き着いた場所では、彼女よりもずっと幼い子供が地に伏せていた。
銀青色の服。そして、銀髪の……女の子。
荒らげる呼吸を抑え、エリはそっと近づく。
「……ボルボル?」
力ない声のあと、さらさらとした長い髪を流し幼き少女が体を起こす。
刹那、エリが滑り込むように駆け寄り両腕で優しく包む。
「ああ良かったあ、生きてたっ。大丈夫? じゃあないよね、倒れてたんだもんね。どこか怪我とかしてるのかな? ああ、それとも迷子になって疲れて横になってたとかかな? クリスタの子だよね。うん、きっとそう。もう大丈夫だよー」
エリが矢継ぎ早に喋ると、虚ろな碧い瞳の少女からは空腹時に奏でられる音が鳴った。
「あは、お腹が空いているんだね」
よしよし、とエリの手が銀の髪を撫でる。
「よーし、もうすぐお昼だし、とりあえずお姉ちゃん達と一緒にご飯食べる? 馬車に美味しいイノブタのお肉が……お肉ががが、が!?」
ぎょっとした顔で言葉を切ったエリ。
『お肉』に反応した碧眼の輝きを確かめる間もなく、幼き少女を再び細い腕の中でぎゅっと抱きしめた。
エリの驚きの眼差し――釘付けになるそれは、遠くとはとても言えそうにない距離で並び立つ高木の一本へと向けられていた。
樹木の影からハミ出る草木の色と近いヌメっとした肌。
幹を堺にして膨らむ頬の上に目が一つずつ。
手には水掻きがあり樹の実を乗せている。
隠れているつもりなのか、生き物は大きな丸い体幹の中心を木の幹へ合わせているようであった。
「かかかカエル、大きなカエルっ。あわわわ、魔物だ、カエルのモンスターがいるよおっ。アレクっ、アレクうううう」
人の叫びに反応を示したカエルの魔物が、巨体に似合わぬ俊敏さでエリ達の方へ飛び出した。
木々が揺れ、葉が舞う。
エリが歯を噛みしめ、体を強張らせた。
そして。
まさに、死を覚悟しただろう、
――その時であった。