25 いざ、クリスタへ ②
辺りがすっかり暗くなっていた。
街とは一味違う静けさが訪れる森の夜。
ひらけた場所にて、エリ達はパチパチと火の粉を舞い上がらせる焚き火で明かりを灯す。
イノブタが焼かれ食欲を誘う脂の匂いが漂うそこでは、胡座をかくアレクが上機嫌で骨付き肉を千切るようにして食らう。
隣ではエリが木桶をひっくり返した即席の椅子に腰掛け、皿の上から切り取った肉を摘む。
「お肉、おいしいね」
野生のイノブタならではの脂の旨味だからなのか。
それとも食事を分けてくれるよう旅の同伴者へべそをかきながら懇願し続けたり、慣れないおべっかを使うなどして勝ち取った品への感慨がそうさせるのか。
ハフハフと熱そうに肉を頬張るエリの顔は緩むばかりだった。
「俺が仕留めたイノブタだからな。旨くて当然だろう」
「誰が捕まえても味は変わらないと思うんだけれどなあ……でも、アレクってすごいよ。剣をナイフ投げみたいにびゅーって投げて、イノブタを仕留めちゃうんだもん」
「おいクサコ。ビューではないズバっ――だ。そうだな、俺の必殺ソード投げ飛ばしはズバッシュとでも命名しておこうか」
「名前……ズバッシュなんだ。へえ……」
「何がへえーだ。マヌケ面をこっちへ向けるな」
あはは……と、エリはぎこちない笑いを浮かべる。
「いいか。俺のズバッシュは、いつぞやの銃を持つヘンな髭との戦いの末、俺が閃き編み出したとっておきの遠距離攻撃技なのだぞ」
「そうか、飛び道具対策ってことだよね!? そうなんだ。へえ~」
「おいこら。またしても、何がへえーだ。アホ面をこっちへ向けるなと言っただろうがっ」
「違う違う、違うよう。この顔は感心してる顔だよ。アレクってちゃんと戦士っぽいことも考えていたんだな~っていう、ぐきゃんっ」
エリの頭が大きく仰け反る。
肉を付けない骨だけになったイノブタの骨が飛来し、エリの額をがつんと襲っていた。
「クサコのくせに、クサコが俺を馬鹿にするような気配を感じた。今回は骨飛ばしだけで勘弁してやるが」
「うう、本当に感心してたのに……」
「また投げつけられたいようだな」
「食べ物で遊んじゃダメなんだよ。教会の教えにも、夜な夜なモッタイナイお化けが枕元に立って寝かせてくれない――あっ、そうだ」
手元にあった皿を頭の前で持ち、飛んでくる骨を避けようとしていたエリが、何やら思いつきましたとばかりに声を張る。
「ねえねえアレク、盾は? 盾があれば剣を投げなくても戦えるかも!?」
「クサコの盾があるだろう」
「ぼ、墓穴をほった気がする私なんですけれど……あれだよ、金属製の平べったくて頑丈なほうの盾だよ。アレクは力持ちだからきっと大きな物も大丈夫だと思うし、あったほうがいいと思います。ちゃんとした盾」
「なんだ、そっちの盾か。確かに投げれば風に乗りすんごく飛びそうではあるな。だが、邪魔臭そうだから俺に盾なんぞはいらん」
「そ……だね。投げるつもりならいらないね……。じゃあじゃあ、鎧は? 鋼の鎧ならたぶん鉄砲だってへっちゃらだよ?」
「ふぬう。金属の鎧はガシャガシャとうるさいからな。だが、クサコにしては良い点に気づいた。褒めてやろう」
アレクがおもむろに立ちあがり、バサリ、バサリと羽織るマントを幾度か翻す。
立派で丈夫そうな作りに加えて、縁取るようにさり気ない草花の飾り模様が描かれていた。
表の引き締まる黒色に対して裏地は落ち着いた赤色で、その配色にどこか気品さえ覚える。
「地味な髭面の服だけでは、どうにもこのカッチョいいマントと釣り合わん気がしていてな。時にお洒落な俺としては、やはりここはビカビカっと銀色に光る鎧があってもいいような気がしていたところだ。お前から言われてますますそんな気になった。クサコが言うように、ライトアーマーくらいなら身につけてやっても構わんな」
バサバサ、バサバサ。
焚き火の炎を揺らしながら、これ見よがしのマントの舞いが繰り返される。
「アレクが見た目を気にしていた驚きでいっぱいなんだけれど……ええと……カッコいいね。その黒いマント。お気に入りなの?」
待ってましたとばかりに、牙も輝く満面の笑みがエリへと向けられた。
「そうかそうか、お前もそう思うか。うむ、気に入っていると言えば、なかなかに気に入っているぞ。ただクサコよ。勘違いはするな。このカッチョいいマントは俺だから着こなせているのだ。俺が羽織るからカッチョいいのだ」
「ううんと、なんだろ。……なんか、アレクに合わせて仕立てたみたいにピッタリだよね。えへ」
エリはアレク自身の格好良さを肯定せずとも、良い品だと思ったことは告げた。
それから、目を皿のようにする。
飽きることなく、子供が宝物を自慢するような態度のアレクがひけらかし続けるマント――その裏地に織り込まれる特殊な文字。
「ええ!? うそうそっ。ねえアレク、マントの裏の文字って魔法文字、マジックスペルだよね!? だよねっ」
「クサコは俺がウイザードにでも見えるのか。俺が知るわけなかろう。これはアレだ、裏地だから見えないお洒落というヤツだ。つまりオシャレ文字だな」
「綺麗に織り込まれているから、ほんとお洒落だね――じゃないよう。絶対マジックスペルだよっ。私マジックスペル見たことあるもん」
興奮気味のエリがマント目掛け駆け寄り、前かがみになりながらその裾を掴む。
手の平で生地の感触を確かめるように擦り、指先で刺繍されたような金色の文字をなぞるエリは頬擦りでもしかねない勢いであった。
「こら、勝手にペタペタと。俺の素晴らしくカッチョいいマントに手垢をつけるんじゃない」
「私、魔法付加のマントなんて初めて見た。なんかすごいなあ……。ヨーコさんが錆びない包丁でも、売値が普通の物の十倍くらいするから買えないって言ってたくらいだし……」
持ち主からの苦言にも動じず、エリが珍しそうに眺める戦士のマントは、彼女の見立て通り魔法付加が施されたマントである。
大陸の人間社会に於いて魔法付加が意味するところは、物質へ魔法による効果を持たせること。
人は魔の者と違い魔法の根源たる魔力を取り込むことができない。
ゆえに『魔法文字=マジックスペル』と呼ばれる特殊な言葉や印を駆使し、その力を発現させる。
ぱんだ亭の店主が欲しがる錆びない包丁は、刃物として加工する際に、”錆を寄せ付けない魔法”の術式を刀身へ刻み込んだ物である。
同じ魔法効果を持つ物――魔法具として、魔力そのものを宿す鉱石を利用する魔晶石アイテムがあるが、比べるまでもなく、魔法付加アイテムの価値は数段高い。
なぜなら、魔法付加の技術は魔晶石を媒体とするそれよりも非常に高い知識と能力を必要とする為、扱えるウイザードが少なく、そのことから限られた数しか世に出回らず希少性が生まれてしまうからだ。
そして、この魔法付加アイテムは魔法の効果だけでなく、付加対象が金属であるか否かでも価値が激変する。
魔力は鉱物との相性が良い。
魔法付加の中でも容易とされるのは金属への付加であり、大陸に現存する魔法付加アイテムの多くは金属製品で占められていた。
――すなわち、アレクが羽織るマントは魔法付加アイテムの中でも珍しい部類ということだ。




