24 いざ、クリスタへ ① ◆
※
一面の草原地帯。
そこを横断する踏み固められた土の道。
御者台の人間からしかめっ面で手綱を引かれ続け半日程になるが、二頭の馬達は文句も言わず淡々と北へ向けて進んだ。
「お客さんの話だと二、三日はかかるって話だったし、往復だと……はうう、絶対怒られるよう、ヨーコさんに怒られるよう」
給仕服の出で立ちで馬車を走らすエリ。
その後ろでは、冒険者が好みそうな丈夫な服に身を包むアレクがふんぞり返る。
そんな二人を乗せた荷馬車の目的地は、魔晶石の街クリスタであった。
クリスタへはプジョーニの街から延びる北街道からゆくのが一般的だ。
街道に沿って、途中にある王都ルネスブルグへの道を曲がらず真っ直ぐ北へ行けば辿り着ける。
単純な道のりであるが、プジョーニからならば最短でも馬車で二日程の時間が必要であろう。
――加えて、道中は森を通る場所もある。
大陸の深い森には豊富な自然の恵みと多くの動物が暮らすだけあって、餌となるそれらを求めるモンスターの数も増す。
よって、旅をする者の判断でまちまちではあるのだが、護衛を雇い危険に備える者や森を避け迂回する者などもいる。
「戻りたければ戻っていいぞ。その代わりクサコのお陰で三〇〇〇万を手にできない俺は、ムカつくからヨーコの店で暴れる。今朝お前がウジウジしていた時以上に俺が本気で暴れれば、ヨーコの店の風通しがかなり良くなるぞ。それでも構わんのだな」
帆布を張る荷台からの脅しに御者台からエリが振り向く。
表情は諦めが見て取れるものだった。
「それとお前がヨーコから怒られるなどという、どうでもいい話はもうするな。いい加減鬱陶しくて敵わん」
「ど、どうでも良くないよっ。私クビになるかもなんだよ!? ううん、勝手に数日もお店をサボるんだからきっとクビだよ……はあ、どうしよう、ねえ、ほんとどうしよう?」
「俺が知るか」
つまらなそうに言い放つアレクに対し、オロオロとしていたエリが目を横に細くする。
「私がお給金貰えないと、アレクも困るんだよ。二万ルネどうするの」
「ぬ、言われればそうだな……。しかし、クサコがヨーコから怒られるのはクサコの問題なので俺には関係ない。お前がどうにかしろ。どうにかして金だけは俺に払え」
「原因がアレクなんだから関係あるんだよう……もうっ、なんで私を連れて行くのお……アレクが一人で行けばいいのにって思いますう」
「その言い草はなんだ。お前は俺の馬車係だろうがっ」
「私、ハナコとハナゾーの世話はしているけど、アレクの馬車係じゃ、あう、待って待ってっ、剣で叩くのはやめてよう」
エリは身を屈めるようにして頭を守る。
ロングソードの握りから手を離せば、アレクは荷台いっぱいに四肢を広げゴロンと横になった。
「ふん。無駄口を叩く暇があるのなら、とっととクリスタへ向かえ」
「はうう……」
しゅんとなるエリは大きなため息をつく。
給仕の少女とわがままな男のドラゴン討伐の旅。
その発端はアレクの唐突かつ身勝手な行動によるもの。
けれども少しだけ歯車が狂っていれば、この旅は起こり得なかったかもしれない。
アレクが日暮れグマ討伐を受けていなければ。
勇者がドラゴン討伐を決めなければ。
あの日、ヨーコが酒を飲ませなければ――。
――もしかしたら、アレクはドラゴン討伐のクエストに気づかぬままだったろうか。
酔いつぶれた日の明け方。
誰もいないぱんだ亭をうろうろした挙げ句に男の目はそれを目撃したのだ。
掲示板にあった勇者参戦の機に再び話題に上がっていたドラゴン討伐を。
――さりとて、時は戻らない。
人が歩む道に”もしかしたら”は付きものだが、道がそれを違えることは決してない。
それを少女エリは知るのだろう。
気持ちを切り替えた心で、周りの景色を楽しむようだった。
一方、荷台のアレクといえば。
「まったく……退屈だ」
カラコロ、カラコロ。
心地良いリズムの揺れに、不機嫌そうだったその目をとろんとさせていた。
そうして、人の話し声が途絶えようとも荷馬車を引く二頭の馬達はカパラカパラと硬い土を蹴り続けた。
上空の太陽が傾き空が茜色に染まる頃になると、プジョーニから旅立った荷馬車は草原地帯から鬱蒼とした森へと移り変わる場所に差し掛かっていた。
「うーむ、揺れてないな」
荷台の中、むくりと身を起こしたアレク。
くわ~、とあくびを一つ済ませ、帆布に覆われていないところから顔を出し辺りをうかがう。
荷台から降りれば、腹の辺りをさすった。
二頭の馬が大木に繋ぎ留められていた。
荷馬車は生い茂る木々を周りにその車輪を止めていた。
御者台に座っていた者の姿はなかった。
だが仁王立ちのアレクの目は、森の奥からうんしょうんしょと重たそうに木の桶を運んでくる人影を捉えていた。
「おいクサコ、何をしている」
「あはは……アレク起きてたんだ。ええとね、少し先に泉があってね。よいしょっと。ハナコとハナゾーに飲ませようと思って」
エリが地面へと置いた桶に馬達が首を突っ込む。
「ハナコとハナゾーに水を飲ませようとしているのは見ればわかる。俺はお前に何をこんな所でのんびりしていると聞いているのだ」
「のんびりというか、もう日も落ち始めているし、この先は森を抜けないといけないから、今日はここで夜を明かそうと思うの」
「ふむ。そういうことか。夜はモンスターどもが凶暴になるからな。クサコにしてはマトモなことを言えているようにも思える。だがしかーしっ。夜だろうと何匹襲って来ようとも森のモンスターなんぞ俺にとっては雑魚だ。森だろうと雑な魚で雑魚だ。よって、気にせず先へ進め」
「うう、やっぱりそんな感じだよね……。ううんとね、アレクがすんごい強いのは知っているから心配はしてないの。でもハナコとハナゾーはアレクと違って普通のお馬さんだから危ないし、それから、ずっと走ってたんだから休ませないといけないし」
馬のたてがみを撫でながらエリが優しい口調で語ると、アレクの腰に下がるロングソードが抜身となった。
「待って、アレク待ってっ。お馬さんと比べたのはゴメンなさい――じゃなくて、ええと、魔晶ランプの明かりがあっても夜の森はものすごく暗いから、私じゃ馬車を沼にハメたり、くぼみで車輪をダメにしたりすると思うの。あと迷子になったり、いろいろ危ないのっ」
「黙れ、クサコっ」
鋭い目つきとなったアレクが大きく振りかぶる。
次の瞬間、短い『ふんっ』の掛け声とともに振り下ろされた手からロングソードが矢のような勢いで放たれ、エリの横面をかすめた。
風が吹き抜けた側の頬に手を当てるエリの横をアレクがのしのしと歩いて行き、ロングソードが消えた森の奥へと踏み入ってゆく。
アレクが木々にその姿を隠すことしばらく。
何事が起きたのか!? といった様子で眺めていたエリの向こうにそれが現れた。
ロングソードを肩へ担ぎ、担ぐそこに寸胴の体から短い手足を伸ばす一匹の獣を串刺しにするアレクが現れた。
「ううんと、イノブタだよね……それ」
「お前が騒ぐから危うく逃してしまうところだったぞ」
運ばれて来た野生のイノブタがエリの足元へ横たわる。
得意気なアレクの腹辺りからは、ぐう、ぎゅるるるる~と音が鳴った。
「昼飯を食べるのを忘れていた俺は、とても腹が減っていたことを思い出した。まずはコイツでメシを作れ」