23 給仕の朝
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プジョーニの街中を日暮れグマが彷徨うこともなく迎えた『木の日』。
外で早朝の清々しい光を浴びる小鳥達がさえずっている頃、ぱんだ亭の手狭な屋根裏部屋では年頃の娘が寝床を襲われていた。
小さな窓から射し込む明かりから、花瓶に生けられた花の名を知ることができるものの、未だ木造りの部屋は薄暗く、新調した黒いマントも相まってか、佇む影の怪しさを更に強めた。
「がるるるるるるるるう」
爽やかな空気を淀ませるような獣のごとき唸り声。
それでも人であることに違いない男を、髪をクシャクシャにするエリがぼーっと寝ぼけ眼で眺めていた。
寝具の上で上体を起こし、その玉子のような曲線で縁取られた顔を目の前の相手と向き合わしてしばし。
普段の朝より随分と早い朝に目覚めていることに気づく間もなく、そこにあった目が丸くなる。
そして、毛布が剥ぎ取られていたことに気づいたのだろう。
頬と耳を赤く染めたエリは、近くにあった毛布をさっと手にすれば、惜しみなく露わになっていた細やかな肌を隠すように胸元までたぐり寄せた。
そう日に焼ける機会もないだろう白い二の腕を強張らせ、ぎゅっと抱え込む。
毛布の裾からは、ぺたんと座る柔らかな脚線が垣間見えた。
「あわわわ、ア、アレクがなんでっ、きゃあっ、いやあああ、キャアアアアア、きゃいたっ」
窓の外の小鳥を一斉に羽ばたかせた悲鳴は、乙女が頭を痛めることで鳴り止む。
「ええいっ、朝っぱらから金切り声を出すなっ。頭がズキズキするだろうがっ」
「なんで。どうして、私がブたれるのお……」
「お前は自業自得という言葉を知らんのかっ。ただでさえ気分が優れぬ俺の鼻先で、突然キャアキャアうるさくするからだっ」
「だってだって私っ、私――服着てないんだよっ」
「お前は何を言っている。ペラっペラで透けそうな貧弱極まりない布だが、服なら着ているだろう」
「下着だからこれは違うの。は、裸と一緒なの、もうっ」
エリは恥じらう仕草そのままに文句を垂れる。
「裸とは何も身に着けぬことをいうのに……うーむ。馬鹿と言うよりアレだな。クサコだけにやはり脳みそが腐っているのやもしれん。何かと残念なヤツだ」
「うう、下着姿見られただけじゃなくて平然とヒドいこと言われているよう……なんかいろいろ泣けてくるよう」
「まあ、元々クサコだしな。多少腐っていても問題あるまい」
「ええと……アレクが私の部屋……問題あるような……。そっか、昨日お店で酔いつぶれててそのまま放置してたんだっけ。だから――」
「それより、お前はいつまでボサっとしているつもりだ」
相手のぶつくさを掻き消すように、アレクが羽織るマントを翻す。
「俺を待たせるんじゃない。さっさとゆくぞっ」
「ほえ? 行く……行くって何?」
エリが疑問を口にすると、再び黒いマントがバサッと音を立てた。
射し込む光が振り返るアレクの顔を照らす。
不敵な笑み――その中にあって、瞳が子供のような煌めきを発していた。
「決まっているだろう。これから俺とお前は、三〇〇〇万ルネのドラゴン退治にゆくのだ!」