21 ある日のぱんだ亭 ②
店主の隣で立つ若草色のエプロンドレスを纏う給仕の娘からの問い。
尋ねられた側の男達は腕を組む者と顎へ手を添える者と分れたが、双方思案する仕草であることに変わりはないようだ。
「考えてみたが、考えるまでもなくウルクがドラゴンに勝つのは無理だろーな」
「僕もマサさんと同じ意見ですね」
「いくらアイツが自衛団でも手を焼く馬鹿力野郎でも、所詮街レベルでの話だろ。それに比べて相手は戦い慣れしている冒険者ですら歯が立たなくて、勇者様をご登場させちまうようなモンスターなんだ。大陸レベルの凶悪モンスターで間違いないな」
「ですよね。そこら辺のモンスターと格が違いますよ。クリスタの街に棲みついてるドラゴンは割りと小さめらしいけど、そもそも手招きドラゴンって『竜王』の異名を持つ”北の魔王”の眷属らしいですし」
「そういやー、ロニの言うように北の魔王の眷属って話だったな。だとしたら、いいのかよ勇者様は? そんな正統な魔族を相手にして。もし北の魔王が人間の勇者が襲って来やがった、なんて勘違いしたら大変じゃねーのか?」
「そういった危険性はあるかもとは思いますけれど、見るに見かねてじゃないんですかね。クリスタの依頼で結構な数の冒険者が命を落としているって話を聞きますし」
「まだ”西の魔王”討伐の最中だってえのに、あっちもこっちもと大変だわな」
「アーサー様は王族でもあらせられるから、きっと民の身を案じて居ても立ってもいられなかった、ってやつですよ」
「ま、とにかくはその勇者様ならともかく、あのウルクじゃてんで相手にならねーってことだな」
酒で舌の回りを良くし飲み仲間同士で盛り上がる男達。
その眼差しが、カウンターの中へ向けられる。
「んで、ヨーコちゃんはどう思うよ?」
賑わう酒場を見渡していたヨーコの視線が呼び戻された。
「アタイかい? そうだねえ、ぷちって踏まれて終わりなんじゃないのかい。そう思う…………うんん?」
容赦のないアレクの末路を描いたヨーコであったが。
「ヨーコさん、どうかしました?」
エリが明るい髪色の頭を少し横へ傾け声を掛ける。
「いやさね、アタイはドラゴンとの勝敗よりも、気分屋な部分を差し引いてもあり余るくらいの報酬額があるモンスター退治に、なんであのルネ馬鹿が何一つ騒いでいないのか……そう思ってね」
「そう言えば、クリスタのドラゴン討伐関係でウルクの噂話は聞いたことないですね。僕も」
「俺もねーなあ。ただよ、ヨーコちゃん。アイツも馬鹿なりに身の程を知るってことを覚えただけなんじゃねーのかなあ。ドラゴンには敵わないと見て、端から諦めてんだろーよ」
「マサさんの言うようにそれならそれで、『俺はドラゴンが嫌いだっ』なり、『何故俺がクリスタの街まで出向かねばならんっ』なり、なんでもいいから負け惜しみの一つくらいは吐いて、ウチで悪態つきながら騒ぎそうなもんだろうさね」
「「「……たしかに」」」
同意の言葉は給仕の少女と中年の男と酪農家の男、すべての口からこぼれ重なった。
「でも、アタイがこの話を知ってかれこれ二ヶ月くらいかねえ。アレクにそういった素振りがまったくないんだ。それがどことなく……アタイには気色が悪いさね」
「ヨーコちゃんの言うように、変な不気味さはあるけどよ。昔の記憶がないって話だろ、あいつ? だったら、二ヶ月前は覚えてたけど翌日になったら忘れていたとかのオチじゃねーのかい」
「それか、案外、単に今回のドラゴンには興味がないだけかもしれませんよ。ウルクの金銭のこだわりと言うのか、がめつさって、結構不思議と言うか謎の部分がありますし……」
「ああ、たしかにな。ロニの言い分もわからなくもねー。意外とアイツにも金に対する美学というか選別らしきものを感じる時もあるからなあ」
「「「例えば?」」」
中年の男マサに、ヨーコとエリとロニが一斉に訪ねる。
「あ……んと、例えばと聞かれれば思いつかねえ。けどよ、強盗まがいなことを仕出かす野郎だが、ぎりぎり強盗野郎じゃあねーよな? そこには何かしらアイツなりの考えがあるんじゃあねーだろうか」
「なるほどお。言われてみれば強盗とかはしてなさそうな気はします。あと、なんだか報酬とかにこだわっている部分はあるようなないような……そんな気がしなくもないです」
などとエリが意見を述べれば、ロニが『あっ』と声を被せた。
「そういえば、武器の切れ味が悪くなったから交換しろ! って、武器屋に押し入ってたらしいですよ。これってどうなんでしょう。しかも拾ったロングソードで」
「う~ん」
一同が唸る。
「まー、あれだ。その話で言えば、強盗というより相変わらずの迷惑な野郎だな」
「迷惑と言えば、以前、街のイノブタを襲い始めた時期があったじゃないですか。うちのイノブタ達が被害に遭わないかひやひやしてましたよ」
「まー、あれだ。その話で言えば、ヨーコちゃんが料理を食わすようになってからは大分マシになったろ」
「当初は自衛団が奮闘してましたけど、街の被害のほうが大きくなるもんだから放置状態でしたしね。ほんと、ぱんだ亭さまさまですよ」
ヨーコへ贈るように、マサとロニが葡萄酒を片手に乾杯する。
「そういや、イノブタの生肉で腹をくだしたとか文句言ってた気がするね」
ヨーコがクスクスと笑う。
エリも一緒に笑った――時であった。
ヒヒーンと嘶きが彼女らの耳へ届く。
外から繰り返し怯えるようにして発せられる馬の嘆きに、酒場の客達がざわつき始める――。




