17 ウルクアレク ②
「ソ、ソルジャーアレク。待つざんす。止まるざんすっ。どうしてこっちへ来るざんすか。アナタは娘を連れて帰る。それをワタクシは手出ししない。だからそちらもワタクシへは手出ししない。お互いこれで良いはずざんしょっ」
「それでも良かったが。何、少しばかり俺の気が変わったのだ。俺は強く、そして賢い男でもある。また面倒なことにならないようお前をサクっとぶった斬っておこうと思ってな」
「ふ、ふざけた事を。何から何までっ。アナタ! 交渉と言うものを――と、止まるざんす。それ以上近づいて来るんじゃないざんすっ」
「こんなところまで来た、ついでだ。遠慮などいらん」
「こっちは銃ざんすよっ。よく見るざんすっ。ワタクシが持っている長い鉄筒は銃っ。理解しているざんすか。鎧も装備していないアナタでは到底防げない強力な武器なんざんすよっ」
口髭をわなわな震わせながら、ガンスが強い口調で己の優位性を告げる。
野生のイノブタを仕留めたこともあるガンスにとって、ただただ真正面から進んで来るだけの的に当てるなど造作もないこと。
そればかりか、ガンスが片手を銃身に添え構える長筒は、最新型の六連射可能の銃である。万が一外したとしても、次弾が即座に撃てる武器に死角はない。
――さらには、相手との間隔。
剣撃の間合いならまだまだ遠いが、射撃の間合いなら確実性も見えてくる好ましい距離。
この絶対的優位が覆ることなどあり得ないとガンスは考えている。だが、それでも拭えない危機感に足は退り続けていた。
「髭ザンス。俺を侮るなよ。珍しい武器だが、銃がどういったものかくらい知っている。さすがの俺も当たりどころが悪ければ無事ですまんだろう。だからこそ、こうして鉛弾が飛んで来る前に一撃を食らわそうと、髭ザンスの方へ向かっている」
言い分に対してそぐわない、ゆったりとした戦士の歩み。
その歩みこそが口髭をしんなりさせるほどに男を苦しめ、銃の引き金を岩のように固くさせている。
銃口を向ける相手が駆け出すなどの動きを見せてくれれば、ガンスは反射的に引き金を引けたはず。
急激な変化を与えず、じわりじわりと圧力が増すだけの駆け引きは、慎重なガンスから決断力を奪ったうえで最善の選択肢を選ばせようとする。
ガンスの最善とは脅威と向き合わないことであり、一度でも銃の引き金を引けば最善は叶わなくなる。
絶対的優位でありながらも、銃身を支える手の指輪を信じる男にとって”赤”は、絶対的脅威だった。
避けるには――、逃げるには――、脱するには――。
思考が一辺倒になるガンスは短い呼吸を繰り返し、額からは大量の汗をしたたり落とす。
「い、いい加減に、するざんすっ。はひ……銃を向けているざんすよ。一介の戦士などでは太刀打ちできない。はひ、そう剣では防げない。それが銃なんざんすっ。なのにどうして”赤い”ままざんすかっ」
祈るような想いで何度も何度も指輪を確認する。
「はひ、はひ……どう考えてもワタクシが。ただの冒険者崩れのくせに……なんなんざんすか貴方はっ。なぜワタクシが――!?」
ガンスの背中が、とんっと硬い石壁に触れる。
気づけば、もう後ろに下がることも叶わなくなっていた。
「剣は振り上げねば振り下ろせん。銃というものは引き金を引かねば鉛弾は飛び出さん。”びじねす”とやらは戦いなどと口にしていたようだが、お前は戦いをまったく知らんヤツだ。そして――」
ガンスに大きな影が覆いかぶさる。
眼球がこぼれ落ちてしまいそうなくらいに見開かれた眼は、眼前の戦士へ釘付けとなった。
「戦い素人のお前は、自分の力を疑っただろう。玄人の俺からすれば丸わかりだぞ」
「まままま、待つざんす、ソルジャーアレクっ。はひ、話をワタクシの話を、ワタクシを斬り伏せても意味がない。そう、合理的じゃないざんす。それどころか損するざんすっ」
「俺がスッキリするのだ。損などにはならん」
「では、これほ、貴方の大好きなこれを、はひるざんす」
ガンスの手には銀の輝き。
懐から多くの銀貨が取り出され差し出された。
ただし、一枚、また一枚と手のひらからこぼれ落ちる。
ガンスの震えがそうさせた。
硬い床に打ちつけられる度に、硬貨は高い音を鳴らす。
最後には、すべての銀貨がばらばらと床へ散らばった。
その一枚に重々しい足が乗る。
「落ちている金とは誰にでも拾える金のことだ。俺はそんな銀貨なんぞに興味などない」
「わわわ、分かるざんす。ソルジャーアレクがこんなハシタ金に興味がない事は。ほ、ほ、はひほ、本社へ戻れば金貨を用意出来るざんす。金貨をっ。ワタクシは貴方からの交渉に応える事ができる男ざんす」
「銀貨の次は金貨か。……やはり金はわかりやすいものだな」
「だから、はひ、ワタクシを生かしておいた方が、絶対にお得ざんすっ」
「しかし今、お前はその金貨を持っていないのだろう。ならば、何も気にせずに殺れるということだ」
牙をむき出しにしたアレク。
その圧力に屈したからなのか。或いは自らの誠意を示そうとするからなのか。
石床に銃が置かれる。
――そして。
膝を折るガンスの手は、祈るように胸の前で組まれた。
「は……早まっては駄目ざんす。考え直すべきざんす。賢明なるソルジャーアレクなら正しい判断を。はひ、貴方のような偉大な戦士なら尚の事、理解して頂けるはずざんす。はひ、人は特別な人間とただの凡人に分かれ、無論貴方とワタクシは前者の人間。特別なワタクシ達は、はひ、同じ価値を有する同胞のようなものざんす。だから」
「俺をお前如きとを一緒にするな」
「ソソソ、ソルジャーアレクっ。はひはひ、聞く、聞いて欲しいざんす。ワタクシの命はワタクシのものだけじゃないざんす。ワタクシはこれから、奴隷商の未来を切り開いて行かねばならない男ざんすっ。『月たる鵺』から選ばれたこれからの世の中に、ワタクシは必要な男なんざんすっ」
その懸命な声に――ふてぶてしい態度で耳を傾けていた戦士が動く。
握る武器が無造作に、そして天高く掲げられた。
「お前は俺にぶった斬られる。ただそれだけの髭男だ」
振り下ろされたロングソードが、その鋼の色を鈍くした。
魔法辞典:「ニッカポッカ」
日なたぼっこした気分になれる光属性の魔法。