144 目指すは、王都ルネスブルク ①
二頭の馬を飼う馬小屋。
その馬達が引くホロつきの荷車には、旅に必要な食料品や道具を入れた樽がすでに準備されていた。
――しかし、樽は蓋を開けられ、中身を物色されたあとでもあった。
アレクが見つけた干し肉をむさぼる。
ハナコとハナゾーと名づける馬達に、これ見よがしにムシャムシャ。
そうしたところへやって来たのが、ココアと蛙、そして、ガザニアであった。
「本当だ。人間のアレク、いた!」
「ふむ。チビコとともに、巻いたはずのツノ女がまた現れおったか……」
「チビコじゃないよ、ココアだよー。うわ~」
ココアの身体がぐわんと上昇した。
アレクから吊り上げられたからだ。
「ヨーコのヘソクリは、ちゃんと頂いてきたのだろうな」
「うん。このカバンがそうだよー」
ココアの両手が、肩から下げるカバンを掲げてみせた。
「そうか。ならば、とっとと乗れ」
そのままココアを荷車へ放り込む。
さすれば、アレクは腕を組むその態度をガザニアに向けた。
「何かとしつこくつきまとって来るお前を、俺はウザったく感じていたのだが……まあ、いいだろう。馬車係をチビコか、蛙のゲコゾーにするしかなかったところだ」
腕組みを解き、ずしゃりずしゃり。
アレクがガザニアに歩み寄る。
――得体の知れない圧迫感。
よくわからぬままに、ガザニアは緊張感に包まれる。
「おい、ツノコ!」
「な、なんだ!? ん? その前にそれ、ガザニアのことか?」
浴びせられた強い語気。
そこにあったあだ名にガザニアは疑問を投げる。
しかし、相手は聞く耳を持たないようだ。
そしてそんな様子のままに、言い放たれてしまう。
「お前を、馬車係に任命してやろう。ありがたく思え」
「馬車係……なんだ、それ」
「お前もずいぶんと飲み込みが悪いツノコのようだな。馬車係といえば、この馬車を走らせる役目以外に何がある」
「ガザニア、そんなのしないぞ」
「なるほどな。いや、俺はわかっていた。ツノコは所詮、なんの役にも立たないツノコでしかないと」
アレクは、生えてもいないあごヒゲを擦るように。
または、見下すように。
それに触発されたのか――、
「いっつもいっつも、ガザニアを役立たずにするなっ」
脳裏をよぎるは、赤い飛竜のダリア。
ガザニアが腕や肩、さらには尻尾に力を込めムキになる。
だが、すぐに思い直すようにして、その顔の表情を緩めた。
――この街でお目当てのアレクを見つけてから、ずっと食い下がってみたものの、望みを一向に聞き出せず。
ゆえに、諦めるつもりはなかったにせよ、気が滅入っていた……ところへのチャンス到来である。
「そうだ。それをガザニアがやる。すると、人間のアレクの望みを叶えたことにならないか? 馬車係すれば、ガザニア借りを返したことになる。そうだろ?」
ぱっと目を輝かせながら、ガザニアは問うた。
しかしながら、
――さりとて、であっただろうか。
返事は、予想したものではなかった。
肯定否定とは大きく違う、『がるるるるるッ』と唸り声の反応。
「あまり俺をイラつかせるなよ。質問などする前に、まずお前は、馬車係をやらない役立たずなのかっ、それとも、馬車係をやる役立たずなのかっ、それをはっきりさせろ!」
再び低く唸るアレクは、いつもにも増して傍若無人に見える。
自覚があるのか定かではない。
――だとしても、”王都への逸る気持ち”が一因で違いないはずだ。
ともあれ、そんな己の都合を優先する相手と渡り合うには、今のガザニアでは難しかったようである。
しゅん、と身を小さくした竜娘――。
ここに白旗があれば、それを揚げながら歩くようにだろう。
アレクの鋭い眼差しが指し示す場所……馬車の御者台へ。
――人間の姿、その給仕服の衣に身を窶すも、竜の娘は人々から畏怖されるドラゴンの一族。
なのだが、どういう訳か、馬達の手綱を握るハメになるガザニアであった。
そうこうして。
人に化けるドラゴンの指示で、二頭の馬は力強く駆け出す。
そのハナコとハナゾーが引く荷車では、アレクがふんぞり返り、ココアがカバンを大切に抱え、蛙が広げた地図に目を通す。
そんな面々の馬車が、夕陽を背にプジョーニの街を出発した。
むろん、目指す先は――”王都ルネスブルク”だ。




