142 死蝶病 ④
もだえ苦しむ――。
人ならざる呻きは、ぱんだ亭の馬小屋から。
それでも、馬の声とは思えない。
奇々怪々――。
ある者からすると、奇妙で怪しい光景であったかもしれない。
――人の言葉で苦しむ蛙と、幼女による残忍な行為。
それは、人が恐怖にかられる真夜中……でもなく、夕刻にもまだ早い頃に行われていた。
「ゲゲコゴゲゴ……ココア様、も、もうこれくらいで良いのではっ、グゲココっ」
「ダメダメー。もっとしぼんなきゃ。足りなくなったらどうするの?」
二頭の馬、ハナコとハナゾーが見守る小屋の隅。
蛙ことボクザックが、柵の板に両手を掛け必死に堪えていた。
ココアから足を持たれ、引っ張られる蛙は身体を水平に伸ばす。
しかしながら、ただただ伸びているだけはない。
――そこには、なんとネジリがあった。
絞られる雑巾を見るようだ。
蛙の身体は、二回転、三回転と足元からひねられた状態。
「せーの。よいしょ、よいしょー」
「グゲゲゲゴオオ」
強制的によじれる身体。
その腹にあたるところからは、ぽたりぽたりと液体が滴る.
”蛙の油”であるシズクは、下に置く容器へ。
つまるところ、この奇々怪々な様子は、ココアが蛙から油を絞り出し器に溜めていただけであった。
「ゲコゴ、ゲ、限界やもしれませぬっ。拙者ちぎれてしまいそうでござるうううう――――」
エリが横になる屋根裏部屋。
ベットのそばの小さな台にことり、ランブが置かれる。
そして、ココアの手によって、炎を灯す。
「うわあ……今のココアちゃんの魔法だよね?」
「うーんと、魔法っぽいので、ココアが火をつけたー」
ココアは魔力でわずかな火を熾し、ランプを灯した。
「ココアちゃんがいれば、マッチいらずだね」
火種いらずになると、喜ぶエリ。
ある意味ココアを便利な道具扱いする発言であったが、当人は褒められたと感じたらしい。
にひー、と嬉しそうな顔のココアである。
「それで、エリのお姉ちゃん」
「なーに?」
「ランプの火は、消しちゃダメなのー」
ココアのお願いは、エリに小首を傾げさせる。
それもそうだろう。
ランプの明かりがなくとも、今はまだ部屋は明るい。
よってエリは、”火をつけるのを見てもらいたかった”との子供の自慢くらいにしか、このランプの意義を感じていなかった。
「どうして、消しちゃダメなの?」
「うーんとね……」
ココアが蛙を見た。
蛙がゲコゲコ鳴く。
「ランプの中身が、ちょっと違うから……虫よけになるのー」
「へえ、そうなんだあ。言われてみれば、油が燃える香りが少し違う気がするね……」
くんくんと香りを嗅いでみる。
”蛙の油”を燃やすランプだと知らずとも、その鼻はかすかな違いを嗅ぎ分けるようだ。
そんなエリは、鼻の次に目を使う。
部屋の端を見やると、
――閉まらない窓、もしくは開きっぱなしの窓。
どうやらこのランプには、部屋に入ってくる蚊などの害虫を、追い払う効果があるらしい。
なかなかどうして、気の利いたココアからのお見舞い品であった。
「ココアちゃん、ありがとう。ちょうど窓が壊れてたから、助かっちゃった」
エリが感謝の言葉を贈ると、ココアが照れたようにして喜んだ。
そんな二人の少女が他愛もない会話を少しばかり交わすと、その時は訪れる。
――ランプの本当の効果が現れた。
それは、”眠り”。
蛙魔から抽出された油には、人を深い眠りに誘う効力がある。
厳密には油に含まれる”魔素”がそれを生み出すようであるのだが、ともかくは、その油を使用したランプは、もはや『人を昏睡状態にさせる魔法具』と言えよう。
すやすやと眠るエリ。
それを確認したココア。
「エリのお姉ちゃん、嘘ついてごめんなさい」
部屋からの去り際。
ココアは謝罪の言葉をそっと置いてゆくのであった――。




