14 魔法誓約書 ②
「商品である以上、これもワタクシの責任なんざんしょうね……」
意気消沈する相手にガンスは言う。
「本当に社長は大変ざんす。奴隷商も客あっての商い。そんな汚らしい顔をした商品のままでは売れ残るざんす。ですからそんな娘にワタクシが一つ、素晴らしい未来の話をしてあげるざんす」
「……ふぃ?」
「娘はどうせ孤児ざんしょ」
ガンスが得意気に口髭を撫でると、咳払いを一つ。
「とある貴族夫妻には愛してやまない娘がいたざんすが、夫妻はその娘を病気で失ってしまうざんす。ああ、悲しみに暮れる日々。しかしそこへ亡き娘に似た奴隷の娘が。貴族夫妻はワタクシへ、ありがとうありがとうと涙ながらに礼を言い、その奴隷の娘を買い取って行ったざんす」
そこには芝居がかる声音があった。
「買われて行った奴隷の娘は、ワタクシに拾われるまで毎日残飯を漁って暮らす孤児。しかし今では裕福な暮らしを約束された貴族の娘。ワタクシのお陰で幸せな人生を送っているのでざんす」
パチパチ。
石造りの小さな舞台上の役者からの合図に、奴隷商の男達が手の平を打ち合わせる。
エリにガンスの話の意味を理解できないわけではない。
しかしだからといって、一緒になって拍手を送れるものでもなく、縄で縛られていたことを幸いに思う。
「その、髭社長さんは奴隷だって幸せになれる……そう言いたいんですか、言いたいんですよね、きっと……。それで、貴族の人からお礼される奴隷商は素晴らしいんだよって言いたいんだ。人のためだって言っているように聞こえる」
「折角の話を惜しみなくムゲにする娘ざんすね。幸せになれるかは、娘の運とワタクシに対する態度次第……として」
ガンスはニカリ。
「奴隷を必要とする者達が間違いなくいるから、奴隷商が成り立つざんす。ワタクシどもは人から必要とされる商いをしているざんす。それでも、世間が馬鹿ばかり。ワタクシども奴隷商への冷遇と偏見はどこへ行ってもあるざんす。不条理だと思わないざんすか」
「だって、奴隷商なんだもん」
「見た目通りのお馬鹿な返答……ざんすが、しかし娘、そこざんす。だからこそワタクシが先頭に立ち、現在の商いの形を変える事にしたざんす。魔法誓約書の破棄条項撤廃を足掛かりに、ワタクシどもウーシーカンパニーがこの業界に革命を起こすざんすっ」
拳を握る髭男の意気込みに、周りの奴隷商の男達も鼻息を荒くした。
唐突な奴隷商達の熱に一瞬たじろぐエリであったが、エリもその体を熱くしてしまう。
暗い表情に差した明るみ。
「あのあの、魔法誓約書の破棄条項撤廃って、代価がなくなるってことですか!? ですよねっ。ああ、それいいと思いますっ」
奴隷を奴隷として縛る魔法誓約から解放されるには、誓約を捧げた相手と奴隷の死を除いて誓約時に交わされる”誓約そのものを無効化する条件”、『代価』の支払いに従うしかない。
誓約書の無効化を意味する破棄には、誓約を為す魔法の根源である魔力の理により拘束力に見合う代価が必要とされた。
奴隷の場合、奴隷商の約款を用い通貨による価値を使用することが多く、人を縛る力に見合うものとなれば、誰もがおいそれと都合できないほど高額なルネになる。
奴隷の未来が待つエリには、代価の廃止は嬉しい限りであった。
「やはりお馬鹿な娘。何か勘違いしているようざんすね。魔法誓約の性質上、代価はなくならないざんす。誓約書内容から破棄できる条件項目を取っ払うと、ワタクシは言っているざんすよ」
「取っ払う? 誓約書を破棄できなくする……無効化できる条件を取り上げるってことですか!?」
「簡単に言えばそうざんすね」
「ダメですよっ。それだと、奴隷が本当の本当に一生奴隷のままじゃないですかっ」
自由への望みを持てることが、奴隷として生きる者の支えであることは間違いない。
魔法誓約の無効化自体が失われるなど、エリには信じられないことであった。
「魔法誓約書の破棄がなぜ存在しているのか。そこから娘は何か履き違えをしているざんすね。そもそもあれは奴隷の為にあるのではなく、奴隷を買う客やワタクシども奴隷商の為にあるものざんす」
「奴隷のためじゃなくて……意味分かんないです」
「ワタクシが素晴らしいのは、お馬鹿な相手にも愛想を尽かさないところざんす。良かったざんすねワタクシで。奴隷を所有する多くは、貴族や富豪だというのは娘にも分かるざんすか」
「そのくらいは知ってますよっ」
「お得意様である彼らにとって奴隷は財産ざんす。そんな彼らは、奴隷を売ったり買ったり譲渡したり、仲間内で交換したりと忙しい人種。その際、一度交わしてしまえば永遠に変わる事のない誓約内容は足枷になるばかりか、基本的に受け付けていないざんすけど、奴隷の返品もあるざんす。不測の事態も考慮すれば、破棄できない誓約書の方が不自然なんざんす」
ガンスの説明に口を丸く小さな口を丸く開いたエリ。
『ああ、なるほど』と声に出さずに同意を示したようだ。
一人が複数の魔法誓約を行うことは可能であるが、誓約そのものは重複しようと一生涯誓いが満たされるまで効力を持ち続ける。
奴隷の主となる者からすれば、奴隷を手元へ置くための誓約内容がかえって扱い難い財産となってしまう場合もあるということだ。
それゆえ、”改めて誓約するための破棄がある”――という訳だ。
――エリは理解する。
ただ理解したからこそ、開いていた口を結んで唸るのだろうか。
「では、どうしてワタクシが必須とも言える誓約書の破棄制度そのものを無くしてしまうのか。お馬鹿な娘はお馬鹿なりに考えているざんすね。そうざんしょ」
「考えました……けれど、分かんないです」
エリの素直さがガンスの口髭を跳ねさせた。
いかにも嬉しそうなガンス。座るエリを中心に右から左、左から右へと歩く。
そうしてから、その足を止めた。
「では。娘にも分かりやすいよう、順を追って話してやるざんす」
ニカリ。
ガンスは嫌らしく微笑みかける。