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ウルクアレク  作者: かえる
【 Wolfalex― IV】……あれやこれやで王都オークションとかのパートです。
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139 死蝶病 ①



 『死蝶病』――。


 大陸で稀に報告されるそれは、病原体が特定できておらず、感染経路なども含め不明瞭な点が多い。

 しかしこの奇病は、誰の目にも一目瞭然のそれでもあった。


――背中に浮き上がる、青い虫の羽。


 蝶に(たと)えられる模様は、背骨の位置から左右対称にその羽を広げる。

 そして、人肌とは思えぬ冷たさともに、人の命を吸う。


 それゆえ、青い蝶の模様はこう呼ばれた。

 ”デス・バタフラ(死の蝶斑)イ”、と――――。


「アタイも死蝶病のことは知ってたけど……発症後……十日でなんて……」


 ヨーコがため息をつきながら、天井を見上げた。

 上階にある屋根裏部屋。

 そこではココアが付き添い、ベッドで横になるエリがいる。


「数日のズレはあると思うにゃけど、それくらいでお亡くなりになる死の病にゃ」


 カウンター席からの変わらぬ通告。

 死蝶病を知るゼニニャンによれば、青い蝶の発症から約10日の命らしい。


「きっと、最新医療技術を持つ王都の病院でも、それは変わらにゃいと思うにゃ」


「つまり、手の施しようがないってことかい……」


「そうにゃ。ニャーの知る限り、どんな病院やどんな医者先生でも無理にゃーねー」


「こっちは、どこかに隠れた名医でも……と(すが)りたい気持ちなんだけどね。大陸中を駆け回るあんたが言うんだ。そんなもん居やしない……それを受け止めるしかなさそうだね……」


 ヨーコが落胆する。

 ただそれでも、その瞳が完全に曇ることはない。


――希望の光があったからだ。


 それはか細い一筋であり、一縷いちるの望みでしかないが、たとえ死を待つばかりの病だろうと打ち勝てるはず。


 その願うような気持ちが、ヨーコの顔を起こさせ前を見据えさせた。

 ゆえに、そのおかげで……。


――ヨーコの視界に入り込んでしまう。


 陽気なアレクと翻弄(ほんろう)されるガザニア。

 すぐ側のテーブルで弾ける、ジュウジュウとした香ばしい音。

 竜娘に肉を焼かせ、それを食らう狼戦士がいた。


 ヨーコのため息は絶え間ない――。


 しかしながら、何かを期待するように……だろうか。

 向けた眼差しは、宿す光をより増したようにも思えた。


「治せる医者や病院はない。けど、このまま何もできないってことはないさね」


 ヨーコがカウンターに視線を戻し言う。

 すると、ゼニニャンが相手の言わんとすることを汲み取るようだ。


「ぱんだ亭はんの言う通りですにゃ。でもにゃあ、何も(・・)というよりは、助ける方法は1つしか(・・・・)にゃいにゃーねー」


「そうだね。エリーを救う手立ては、たった1つ……」


 すう、とヨーコが息を吸う。

 それから、相手と同時に口を開いた。


「「”薬瑠湯(ヤクルトウ)”さね・にゃ」」


 二人の考えが一致する。

 世界樹や万葉樹と呼ばれる樹木の恵み。


「幻の花の蜜で作ったその奇跡の秘薬なら、どんな病気だろうと、エリーの死蝶病だろうと関係ないはずさね」


「たぶん大丈夫にゃ。薬瑠湯で死蝶病を克服した前例は、聞いたことあるにゃ」


 ゼニニャンが認める。

 その後押しに、ヨーコの顔がほころぶ――もしかし。

 すぐさま、神妙なそれとなった。


「ただ……今のところ、入手する手立てがないさね」


 考えを巡らすヨーコの前には、難しい問題が立ちはだかる。


――『薬瑠湯』は入手困難極まりない。


 言わずもがな、奇跡の秘薬は、雑貨屋などに置かれているような代物ではない。

 ゆえに、それを求める者の多くは、原材料となる世界樹の花の蜜を採取し、それから秘薬を作る方法を取る。

 しかし。


「にゃあ、世界樹の花は4、5年前に咲いたばかりにゃ。直接取りに行くつもりにゃら、あと25年くらい待たないとイケにゃいにゃーねー」


「そんなに待てるもんかね。エリーに残された時間は十日しかないんだ……」


 そう、あまりにも時間がない。

 たとえ世界樹の花が咲く時期だったとして、高き尾根を越えて戻るには、早くてもひと月はかかる。

 そればかりか、腕利きの冒険者を雇ってもその生還率はかなり低いと聞く。

 ヨーコが世界樹の花の蜜を手に入れるなど、どだい無理な話であった。


「あんたのツテで……どこか、薬瑠湯を使わずに持ってる貴族なんかいないかい」


「うにゃあ……ニャーに、薬瑠湯の取引きはないのにゃけど……」


 考える素振りは、次にカバンを漁るものへ。

 ゼニニャンが取り出すメモ帳を開く。


「そうにゃーねー。貴族の所有者とはちょっと違うものなら、教えてあげられるにゃ」


「なんだい、それはっ」


 (ワラ)をもつかむ心境だったのだろう。

 ヨーコは声を荒げて食いつく。


「ちょうど王都で、恒例のオークションが開催予定にゃ」


「王都の()り市に、薬瑠湯があるのかい!?」


「にゃあ、そう焦らず、確かめるからちょっと待ってほしいにゃ」


 ゼニニャンのメモ帳がペラペラとめくられる。


「今までの出品リストでも、毎年薬瑠湯が1つだけ出品されてるにゃーねー。今回の事前リストにも載ってたにゃ」


「じゃあ、そこでなら」


「んにゃ。薬瑠湯が手に入るにゃ」


「だったら、決まりさねっ」 


 ヨーコが表情を明るくした。

 

「で、その王都の競り市はいつ開かれるんだい。ここにきて、来月だとか、もう終わってたなんてこと言ったら、承知しないよ!」


「3日間の開催で、薬瑠湯は最終日の……5日後にゃ」


「……ここから王都まで、今のエリ―じゃ同行できない……けどその分、馬車を目一杯飛ばせる……そうすれば間に合う。帰りもそれで戻れば、ぎりぎりで間に合う……」


 ヨーコはここぞとばかりに、その幸運を感謝した。

 五日後のオークションで薬瑠湯を入手。

 そして、五日で戻ってくる。

 その行程なら、エリの命も危うくなるリミット(十日の期限)までに薬瑠湯を飲ませられる。


 余裕は全くない。

 だが、最も可能性を秘める、賭けるに値する王都のオークションに違いないはすだ。


「たぶん、300万ルネくらいにゃ。それくらいの資金で、ようやく競り落とせると思うにゃ」


 そう、ゼニニャンがさらりと述べるも。


――300万ルネ。


 それは、薬ひとつとしては目を見張るような高額。

 貴族や富豪ならともかく、ぽんっと出せるような金額ではなかった。



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