138 ゼヴォニカヴォゼナ・ニャーニャー ⑤
「ゼニニャンっ、俺のゼニカにいくらのルネが貯っているのか、教えてやれっ」
「そ、そこはズバーンと、アレクが言うんじゃないんだ……」
「ふん、俺を見くびるなよ。言うフリをして言わんのが、時にお茶目な俺だ。大体俺が知らんのだから、言いようがないだろ。おい、ゼニニャンっ」
「にゃあ……そうにゃーねー。アレクの旦那のカードだと……1億ルネくらいじゃないかにゃ」
少女の口から出てきた金額に、エリはその驚きを押さえるように口元を抑えた。
「う、うそ。い、1億ルネ!?」
「ぬう、1億か……もっとあると思っていたが、そんなもんしかないのか」
一方のアレクは、予想を下回るものだったようで不服といった様子。
そんなアレクを、ヨーコが冷ややかに見ていただろうか。
それゆえ、そのカウンター越しに注がれた眼差しから、エリはこう悟ることになった。
――『アレクってば、ニャーさんから、騙されているっぽい……』
と。
「まあ、いいだろう。ルネを戦闘力に置き換えるならば、戦闘力1億の俺は、そこの戦闘力3000万ぽっちのツノ女よりも、余裕で強いということだからな」
「なんだかそれに近いこと、クリスタでも聞いた気がする……」
エリがぼそりつぶやけば、ガザニアに向いていたアレクの顔が戻ってくる。
「そう言えばもこう言えばもないが、ところで、クサコ」
「はい?」
「俺に絶対に返すしかない金は、どうなっている?」
「あ……さっきのガザニアさんで思い出したんだ……クリスタの時の3000万ルネのこと……」
「勝手に減らすな。お前が落とした3千万とお前を助けてやった謝礼金の2万で、3002万ルネだろう」
「とお……いつかは……でも……というか……ゴニョゴニョモニョモニョです」
齢16の少女史上、最大の歯切れの悪さで応じてみたエリ。
その結果、聞き取りづらかった言い訳のおかげだろう。余計にアレクの関心を引き、間近に迫られてしまう。
――威圧感たっぷりのアレクの顔。
どう足掻こうとも、アレクからの借金から逃れられるはずもない。
それをエリは素直に認めていた。
しかしながら、今この場を逃れることだけはできそうだ……。
――ばたむ。
向こう側から扉の音がした。
「おや、無事に帰ってきたようだね」
「あ、ココアちゃんが帰ってきたみたい!」
普段ののんびりした動きはどこ吹く風。
ヨーコと声を重ねながらに切れのある回転で振り返ると、アレクから引き止められる手よりも早くと、エリは店の出入り口へ一目散である。
「ココアがただいまー、なのだー」
「おかえり~」
そう、エリが出迎えた時であった。
スタスタと歩く姿が一変した。
――ふらり。
と、姿勢を崩せば、そのまま静かにうずくまった。
不意に起きたその様子を、ぱんだ亭の誰もが目にした。
――一拍あまりの止まった時間。
それを要して、不測の事態と気づき始めた者から駆け寄った。
「エリのお姉ちゃん?」
「エリ―っ。どうしたんだい!?」
ココアがうずくまるエリの顔をのぞき込む。
その顔は蒼白であった。
駆け寄るヨーコが苦しむエリにそっと触れる。
その身体が小刻みに震えていた。
「す、すみません……少し、いきなり、体が……大丈夫です……ごめんなさい……大丈夫です」
起き上がれず、床に頭をつけながらエリは言う。
息も絶え絶え。
だからこそ、ありありと分かる強がり。
「大丈夫なもんかね」
心配そうにヨーコが声をかければ、次に駆け寄るガザニアが言うのだ。
「エリコの背中、嫌な”匂い”が突然し出した」
ガザニアの手がエリの衣服に伸びる。
そうして引っ張り、上着をまくし上げた。
さすれば、それが周りの者達の目に飛び込んできた.
――白い背中にあった青い痣のような何か。
それは、エリを蝕むように背中で大きな模様を描く。
「にゃあ……これはマズいにゃーねー」
不安を煽りたい訳でもないのだろうが、少女は確信を得ていた。
そして、その確信を周りに聞かせる。
「大陸3大奇病のひとつ。医者先生もサジを投げる病気、致死率100%の『死蝶病』のそれが発症してるにゃ」
あまりにも突然の出来事。
あまりにも絶望的な話。
それでも、揺るぎない事実。
――確実に訪れる死。
今まさに、それがエリの身に起きたのである。
大陸辞典:「デス・バタフライ」
死蝶病と呼ばれるこの病気は、発病すると人の背中に青い模様を羽ばたかせる。
まさしく「蝶」の形をした青いアザができるのだ。
そして、この死蝶病は等しく人を死に追いやる難病奇病として、大陸三大奇病のひとつに数えられた。




