136 ゼヴォニカヴォゼナ・ニャーニャー ③
カウンターに置く革袋が二つ。
小汚い革袋と、しっかりとした革袋。
中身はともに硬貨で、小汚い革袋のそれは徐々に減り、しっかりとした革袋のそれは徐々に増えてゆく。
「ひーにゃん、ふーにゃん、みーにゃん――」
にゃんにゃんと手際もよく勘定しながらに、少女が硬貨をジャラジャラと詰める。
そうして重くなった革袋を、肩から下げるカバンへ大事に仕舞う。
「アレクの旦那、またまた稼ぎましたにゃー」
からっぽになった小汚い革袋がアレクに返却された。
「当然だ。俺のこの手にかかれば、金などザックザクだっ」
ガシイイッ――と、アレクが力強く拳を握って見せる。
――すると、パチパチ。
旧知の仲である相手からは、よいしょされるように拍手を受けた。
「それはそうと、ゼニニャン」
「んにゃ?」
「これを忘れていないだろうな」
その懐から取り出したるは、
――”折りたたむ厚手の羊皮紙”と、そこに挟む”手のひらサイズの四角いカード”。
アレクは広げる羊皮紙のほうを、ゼヴォニカヴォゼナ・ニャーニャーであるところのゼニニャンに渡す。
「まさかまさかで、忘れてなんていないにゃ」
ゼニニャンがカバンをごそごそ。
手には、印影を刻む道具。
「今回のポイントスタンプは、3つにゃーねー」
「ぬう。3個か……」
アレクが残念がるなか、マス目のある羊皮紙にスタンプが押しつけられる。
――ペッタンコ、ペッタンコ、ペッタンコ。
動物の手足を象形化したマークが、新たに加えられた。
「にゃあでも、アレクの旦那。あと3つで『祝☆特上武器贈呈!』のマスにゃ。ここまで溜めた人はそうそういにゃいにゃーねー。スゴイにゃ」
「俺がスゴイのは当然だが、なるほど。ここまでスタンプを溜めるなど、俺のような猛者しか果たせなかったとゼニニャンは言うのだな」
「大体そんな感じにゃ。ちなみに、景品は『磨けばスゴくなる古代のロングソード』とアレクの旦那にピッタリの品物にゃ」
「そうか、そうか。では、手に入れたも同然だな。次も軽く3個分のルネを用意してしまう俺なのだからな」
だあははっ、と誇らかに笑うアレク。
にゃははっ、と一緒に喜ぶゼニニャン。
――愉快そうな二人は、気心の知れた者同士に見えた。
そして、それを近くで見守る女達がいるのだが……。
主にヨーコとエリがひそひそと会話をし、ガザニアが黙って耳を傾けるだろうか。
「”亜人”っていうのかね。あのひょろっとした尻尾は、半分魔族の血が流れているその名残りさね」
「そうなんですね。じゃあ、ニャーさんって、ガザニアさんとは違って、あれが本当の姿ってことかあ……」
「そのニャーが事あるごとにここへ来ては、あいつがモンスター退治なんかで稼いだ金を、ああやって貰い受けているのさ」
「へえ、アレクからルネを……信じられない光景ですね」
「最初の頃は、アタイも目を疑ったもんさ。けど、今じゃ見慣れたものさね。まったく、あの馬鹿相手によく取り入ったもんさ……たぶん、あのスタンプってのが曲者だろうね」
「ああ、それなんとなくわかります。アレクってああいうのに熱中しそうですもんね」
「”スタンプ欲しさにいいように扱われている”。あの馬鹿にそういう自覚がないだけさね」
ヨーコが呆れ返ったように言えば、エリ……ではなく、会話の外にいた者が割って入るようだ。
――聴覚の鋭さからか。ぴくぴくと動く耳。
「ふん。何やら俺をバカにするようだが、要は俺が羨ましくて仕方がないのだろう。そうだろうヨーコよ。いいや、俺に嫉妬する醜いヨーコよ」
アレクが威風堂々を装いつつ、悪態を吐く。
「はいはい。醜くくて悪う~ございました」
「なんだそのオウヘイな態度はっ。もっと真面目に、バカにされて悲しい――みたいな態度をしろっ」
「覚えたての言葉を使いたいだけなのか知らないけど、あんたから、横柄なんて言われる筋合いっ、アタイにはないよっ」
「ぐぬ、そっちには怒るのか……」
向けられる剣幕にたじろぐようだったが、それもつかの間のこと。
再び威勢を張るついでに、アレクはその手に持つ”四角いカード”を見せつけた。
「結局のところヨーコは、このゼニニャンのカード、またの呼び名を『ゼニカ』である俺のこれが欲しくてたまらんのだろう!」
「いいや、欲しくもなんともないさね」
「嘘だな。そのさもしい目はなんだ。明らかに俺のゼニカが羨ましくてしょうがない目だろ!」
「すみません、ヨーコさん。アレクの持っているカードってなんなんですか?」
「あれかい、さあね。あの馬鹿が言うには、”特別な者だけが持つことを許された、ルネの最新形態だ!”とかなんとかのようさね」
「へえ……」
エリが、気の抜けた返事で応える。
「ほう。なるほどなるほど。間抜けな言い草のお前は、いかにもクサコらしいな……」
「ええとお……気に障ったのなら謝るから……その微妙な真顔は怖いのでやめてください」
「ふん。クサコごときが今さら謝ろうとも、もう遅い。さらには、俺の顔は呆れているのだ。コイツを、俺のゼニカのスゴさをわからんお前達は、どうしようもないボンクラどもだっ、とな」
「じゃあ、アレク。ズバリ、そのゼニカってどうスゴイのか教えて!」
エリはアレクの扱いにそこそこ長けていたと言えよう。
こういう時は、興味を抱くフリをするのが正解――と、心得ていた。
したがって、案の定の反応であった。
アレクがニンマリとした表情を返してくる。
「そうかそうか、どうスゴイのか、そんなに聞きたいのか。ならば、仕方がない」
アレクが、さっと振り向く。
――ぱんだ亭の出入り口。
視線を送る先では、カウンター席でくつろいでいたはずの少女――尻尾を伸ばすその後ろ姿があった。
「よし、ゼニニャン。コイツらに、この俺のゼニカがいかにスゴイか、教えてやれ」
「うにゃん!? まさかのニャーにお鉢が回ってきたにゃ」
しれっとお暇中だったゼニニャンが、あにゃにゃ……と振り返るのだった。




