134 ゼヴォニカヴォゼナ・ニャーニャー ①
ぱんだ亭店内。
テーブル席は、軒先から持ち運ぶ肉焼き器具を置く。
ガザニアも同席するそこでは、エリが肉を焼き、アレクが舌鼓を打つ。
「ふむ、ふむ。そういうことか……」
肉を味わいながらも、アレクは合点がいく様子。
――竜娘の正体とその事情。
それをエリが説明し終えたところであった。
「そういうことなの」
「つまり、クセになるようなこのタレが、イノブタ肉をいつも以上にウマウマにしているというワケだな」
「そっちなの!? ふむふむうなずいてたのって、お肉の美味しさに納得しただけだったの!?」
「なんだ、クサコのくせにいきなりハシャぎおって。いくらハシャいだところで、肉を焼く係のお前が肉を食べる係にはなれんぞ」
「ええええ、私もお肉たべたいよお――じゃなくて、そうじゃなくて。ガザニアさんのことだよ!」
『もうっ』と握りしめた拳。
それでもトングで挟む焼き上がった肉は、アレクの皿へ乗せる。
肉を焼く係をまっとうする、少女の仕事の流儀。
「この角女のことか……ふむ」
肉を頬張るアレクが、対面を見据える。
緊張するのか。
今は給仕服の娘とも言えるガザニアが、背筋を伸ばしその視線を一身に浴びた。
「つまり、こういうことなのだろう。この角女は、いつか俺にやられたクリドラが化けている」
クリドラと略すは、魔晶石の街クリスタにいたドラゴン。
「そして、その時俺の強さに感銘を受けたコイツは、こうして下僕係になりに来たというワケだ」
「ちょっとだけというか、結構違うけど……。戦いにじゃなくて、アレクに会いに来たことは伝わってるみたい」
給仕娘の顔が、もう一方の給仕娘のほうを向く。
しかし、一足早くに反応するのは戦士の男のほうで。
「おいこら、クサコ。勝手に俺を物わかりが悪い風な俺にするな。脳みそが腐っているのはお前だけだ」
「おまえ、脳みそ腐っているのか? 大変だな」
「大丈夫ですからっ。腐ってませんからっ」
エリが声を張る。
それから、誤解を正せたかどうかもわからないままにである。
ガザニアがテーブルに手をつき椅子から立ち上がった。
「人間のアレク。人間の……エリコの言う通りだ」
エリの呼称――そのヨーコやココアの音。そして、アレクの音。
どうやら竜娘は、それらをこっちゃにして覚えるらしい……ことはさておき。
「ガザニア、戦わない会いに来ただけ。そして、おまえの望みを叶えたいだけ」
「ふん。聞くところによると、そうらしいな」
「なんでもいい。アレクのお願い事、ガザニアに聞かせろっ」
その熱意が、テーブルで身を乗り出させるようだ。
「ツノ女ごときが……ではあるものの、良かろう。下僕係の第一歩として、俺の望みを聞かせてやろうではないか」
アレクが仰々しく腕を組み、胸を張る。
そうして、カッと目力を増した。
「ならばっ、お前は――」
「あ、ちょっと待って、待って、アレク!」
「ぐぬぬ、ここからズバっと角女に言い放ってやろうという時に……こんのお間も悪いクサコめが……」
さらに増す目力で、アレクがエリをにらむ。
「あ、あ、あ、あはは……」
「ヘラヘラ笑うヒマがあるなら、とっとと喋れ、なんだっ」
「えっとね。ガザニアさんお金は持たないから、お願い事はそれじゃないほうがいいかなあ……と」
「そんなことか。角女がルネなしなど、クサコから言われなくとも、とうに俺は知っているっ」
「あれ、そうなんだ。……アレクでも、あの時のガザニアさんの見た目からやっぱりそう思ったんだね」
あの時とは、昨日の時計塔広場のこと。
水着姿の簡素で風変わりな出で立ちは、お金持ちのイメージとはほど遠いそれであった。
「やはり、クサコだな」
「ん? 何が?」
「ソイツは人間のフリをしているがドラゴンだ。つまり、魔族のツノ女だ」
「うん。知ってるよ」
「魔族にルネの価値を知るヤツなどいない。金の概念とやらがないのだ」
「お金の概念?」
小首を傾げるエリではあったが、それは聞き覚えもあったはずのものだろう。
クリスタの冒険では、ココアがそれを口にしていたからだ。
「要は、魔族どもは全員、無一ルネの哀れな連中ということだ」
「ガザニア、ルネ持ってない。でも、悲しい違うぞ。それより、おまえ、アレクこそ早く言え。何が望みだ?」
仕切り直すように、そして、急かすようにガザニアは再び問うた。
すると、向き合う相手の口元がニヤリ。
はたまた、上顎の尖る歯牙をギラリと光らせる。
「俺がお前に言うことなど、決まっているだろう。いいや、お前だからこそ、言いたくもあったものがあったぞっ」
「おお、ガザニアだからこそなのか!? それいいな。早く聞かせろ!」
途端に嬉しがるガザニアが、ウキウキとした様子で三度問う。
「あの竜王とかいうクソジジイを、今すぐここに連れて来い! それ以外は断じて許さんっ」
ぐわっと見開く目と口で、アレクが言い放つのであった。




