132 手招きドラゴン再び ③
本来なら、この部屋の主である娘の許可をもらうべきであったかもしれぬ。
しかし眠る娘を起こす折、ゲコゲコ鳴いてしまっては、そばで休む姫の安眠の妨げにならないだろうか。
くわえて、窓より訪ねて来た者は魔族の娘。
同じ魔族としてのよしみもある……と、”蛙”は唐突の来訪者を屋根裏部屋に招き入れた。
――そうして、竜の娘の話を聞き入れ、その丸い目で見守るのだった。
静かに頼むと注文をつけたのを気にしてか、竜魔の娘はそろりそろりと動く。
それから、ベットに上がり行動に及んだ。
――『静かに寝かしつけるのと一緒。首を絞めれば一発だ。声を使わなくても静かに起こせる』。
竜魔の娘の言った通りだった。
わずかばかりうめき声を漏らしてすぐ、部屋の主たる娘エリが目覚めた。
「う……けほ、げほっ」
娘エリが咳き込む。
それから、寝ぼけ眼に竜魔の娘を映すようだった。
「人間の女、目覚めたな」
よっこら、と竜魔の娘が跨ぐそこから降りる。
「ガザニアさんが、なんでここに……って!?」
がばっとベットから跳ね起きた娘エリ。
突然の訪問客。まして、自分とは異なる魔族の者。
驚きはもっともだろう、と蛙は見ていた……が、どうやらそうでもないらしい。
――薄暗さのなかでもその輝きが映える褐色の肌、竜娘の裸体。
「どうして、すっぽんぽんなんですか!?」
蛙の丸い目にも映る素っ裸に、エリが目を見開くのであった。
すぴーと寝息を立てるココアが広くなったベットを占領中。
その傍らでは、寝間着のエリに、給仕服のガザニアに、蛙が一匹ランプの明かりに集まる。
「この人間の衣、胸の部分窮屈だな」
「あぐっ……な、なんか、すみません」
ちょっとだけ悲しくなる乙女の身体格差。
それを味うエリの向こうでは、ガザニアに渡たす自分の給仕服が、すべてのボタンがとめられないままに着こなされていた。
胸元がはだける装い。
たわわな胸の上半分は、服で覆うことができていない。
「やっぱり無理だ。閉まらない。人間の女、これでもいいか?」
胸が邪魔でどうしようのない。
ボタンをとめるのを諦めたガザニアは、スカートから尻尾を出す給仕姿でくるり。
エリにその姿を確かめてもらうように回った。
すると、そこに物申す蛙が一匹。
「ガザニア殿、お静かに願いますかな」
「ごめん、ボルザック。幼き姫が寝ている。だから、静かにする約束だったな」
萎びれる尻尾。
ガザニアがおもむろに座る。
その反省するような様子に、蛙が『とほほ』とも聞こえる鳴き声を投げかけた。
「ゲココ……ガザニア殿、頼みますぞ」
「ボルザックの目、ダリアがガザニアを見る時のような目だ……」
「いずれ、話さねばならない時も……とは思ってはいたものの、エリ殿にはココア様がリトルプリンセスであることはご内密にと、ソレガシお願いしたでござる」
怒る声音ではなかった。
が、呆れるようなそれであったろう。
「ガザニア、ワザと番う。……でも、ごめん、ボルザック」
小さな蛙の前で、ガザニアがしょんぼりとした。
そしてそれを目の当たりに、のほほんと少女が思う。
――『ガザニアさんって、もしかして、おっちょこちょいな性格なのかなあ……』。
おおむねドジな自分を棚に上げ、竜娘を憐れむエリであった。
昨日は広場から飛び去ったガザニア
不測の事態にどうしていいのかわからず、一度は逃げ出したものの諦める考えはない。
人間の男アレクとまた会うには――。
その目的のため、ガザニアは頼るつもりでエリの元を訪れた。
――そんな夜の出来事から明け方を迎えたのち、もうすぐ昼になろうかという頃だ。
店に顔を出した店主ヨーコの前には、新しい顔を加えたいつもの顔ぶれが並ぶ。
「――というわけでして、ガザニアさんには、とりあえずお店の服を」
「裸でうろうろされるよりマシだからね。別に構いやしないさね」
「ありがとうございます!」
「あとは時計塔のノッポさんみたく、店を壊すなんてのをやらないでおくれたら、助かるんだけどさ……」
ヨーコは向き合うエリを見て、それからその横をながめた。
店の給仕服を着る二人の娘。
赤毛の元気娘に、一方は角と尻尾が特徴的な竜娘。
「ウチの店には、ココアやボル蛙がいるからそこまでの驚きはないけどさ……まさか、ドラゴンの娘さんまでなんて、考えてもみなかったさね。……長生きはしてみるもんだねえ」
100を越える者からしてみれば、器量好しも健在なヨーコの人生の長さなど、まだまだ子供のようなものだろう。
しかしヨーコの年齢にすら及ばず、人生が終わる者も大陸には多い。
なら、短くもあり長くもあるだろうか。
ともあれ、30年と生きていないヨーコが、感心したようにしてその人生を顧みるようだった。
「ところで、エリ―」
「はい?」
「気のせいかね。あんたの顔色が悪いように見えなくもないさね。どこか調子悪かったりしないかい?」
「あはは……いつもより早く起こされちゃんで、たぶん、それで。あと最近の暑さにバテ気味だったりで」
「若いのに、だらしないねえ」
ヨーコが茶化せば、エリがえへへとはにかむ。
そこへ『なあ、人間の女』と呼びかける声。
「結局、ガザニアどうすればいい? 何すればいい?」
催促するガザニアにうなずきをひとつ返すと、エリがヨーコに向き直る。
「それで、ヨーコさん」
「ああ、あいつのことだね。ちょっと待ってなさね」
そうエリに告げると、ヨーコは厨房に引っ込む。
そうして戻ってきたその腕には、食材と道具が抱えられていた。
「あいよ」
「ええとお、イノブタのお肉に、携帯コンロと鉄網に……壺は調味料?」
「アタイのデルワント家に代々伝わる門外不出の秘伝の――という訳じゃないけどさ、とっておきの焼き肉用のタレさね」
「へえ、焼き肉用の……。なんだか美味しいお肉が焼けそうですね」
分厚い肉が数切れと炭火の調理器具。そして、くんくんと嗅いでみた調味料。
カウンターに置かれた品々を見てのエリの感想であった。
「んじゃあ、エリ―。それを持って店の軒先に行きなさね」




