129 手招きドラゴン再び ③
――正面へ突き出されるガザニアの両手のひら。
そこに風の刃が衝突するや否や、パシパシイイッッ――と異音と刹那の発光を放つ。
風の刃は、見えない壁に防がれるようにして消滅したのだった。
「これ、ガザニアの”魔障壁”で、ギリギリぽかったぞ」
ちょっとした焦りが、竜娘のすっきりとした鼻筋が通るそこにシワを寄せさせた。
――魔族特有の技能【魔障壁】。
あらゆる攻撃に対応、耐性を持つ魔力の障壁で、風の刃を防いだガザニア。
それでも、その強度に余裕がないと感じたようだ。
「よくわからんが、小賢しいマネをっ」
「おい、人間のアレク、ヤメないか!?」
パシパシイイッッ、パシパシイイッッ。
ガザニアの魔障壁に、風の刃が次々と衝突する。
「俺はこの新必殺技で、キサマをギタンギタンにしてやると決めていたからなっ。何がなんでも、ブワッシュでギタンギタンのギチョンギチョンにしてやるぞ!」
乱れ飛ぶ斬撃、”疾風波”。
防がれたことへの対抗心からか、アレクがひたすらに風の刃を生み出す。
そして、風の刃が放たれれば放たれれるほど、街の広場が切り割かれ傷ついていった。
「とりゃ、とりゃ、とりゃ、とりゃ、とりゃあッ」
「ほ、本当に、ヤメろ……ガザニア、魔障壁得意違う。集中力とてもいる。だから、このままだと……」
防戦一方であるものの、ガザニアは無傷。
しかし、その身体をぷるぷると震わせ、耐え凌ぐような様相を呈した。
「だあははっ、どうしたどうした。手も足も出ないどころか、顔色も悪いようだぞ」
「おまえ、人間のアレク。とにかく、それヤメろっ。ヤメてまず、ガザニアと話し合いしろ!」
「ぬん? そんなに止めて欲しいのか?」
「お願いする。じゃないとガザニア、もう……ガマンの限界になりそう」
潤む瞳に、胸を寄せるようにして縮こまる肩に、極端な内股。
まさに、何かに耐え忍ぶガザニアの姿。
「そうか、我慢の限界か……」
振り抜く刀剣の動きが止まる。
そうして、アレクが見せつけた。
――それはそれは、とても意地の悪そうな笑顔を。
「ならば、仕方がない。ますます止めるワケにはいかなくなったなっ」
さすがに疲れているだろうと思えた”疾風波”の攻撃が、さらに勢いを得て繰り出される。
すると、である。
「もう、本当にもうっ、ガザニア、もうっ、らめ~」
シュバサ――。
ガザニアの背中に翼が生えたように見えた刹那だった。
――黄色い煙が、ボフンと立ち込める。
さらには突風が巻き起こり、そのモヤモヤした黄色い煙を吹き飛ばした。
「な、何いいいい!?」
アレクが大声を上げる。
――吠えるは、空に向かって。
視線を上向ける先では、大きな大きな鮮黄色の飛行物。
翼を羽ばたかせ浮かぶ、ドラゴンがいたのだ。
「グルアアアアッ」
そう、ひとつ喉を鳴らすと、鮮黄色のドラゴンは逃げるようにして飛び去る。
そして、そんなドラゴンの足にでも引っ掛けられたのだろう。
完成間近だった時計塔ノッポさんが、ガゴンと折れて崩れていた……。
『怪奇。時計塔広場に突如として現れた黄色いドラゴン!』。
明日のプジョーニは、これで持ち切りになるだろう話題を、酒場の客達は一足早くに語る。
時計塔広場からドラゴンが去った夜。
ぱんだ亭でも、いつもの顔ぶれがいつものように酒のつまみに語り合っていた。
「僕が聞いた話だと、あのウルクが追い払ったって言ってましたよ」
「ああ、らしいな」
酪農家の青年の話は、情報通の中年男も知るところのようだ。
「ウルクが珍しく役に立つことしましたよね。……明日の天気が荒れそうで怖いです」
ハハハ、と冗談めかして青年は笑う。
「ま、俺としちゃあ、別に街を救おうとしてのあいつの行動じゃないだろうと、にらんじゃいるけどよ」
「どういうことです?」
「縄張り意識ってやつさ。獣ってのは、自分の縄張りに他の獣が居座るのを嫌がる。それと同じだったんじゃねーかとよ」
「うわ、それ、すごく納得できます」
「だろ?」
「ウルク、そういう心理からだったんですね。それでも、ドラゴンに噛みつけるって、結構なことですけれど」
「ドラゴンといや~、例の『クリスタのドラゴンなんぞ、軽く成敗してやったぞ』ってうそぶいていたのも、あながち本当かもしれねえな」
ガハハ、と冗談めかして中年男は笑う。
「あれは勇者御一行が解決したって、シンブン玉で報道されていますから、絶対に嘘ですよ。たぶん、アーサー様が追い払った後の鉱山に行って、自分がそうした事にしているだけですって」
「だな」
「何しても、時計塔の被害だけで済んで良かったですよ、今回のドラゴン事件」
「ノッポさんも、あいつに壊され、ドラゴンに壊されと、災難続きだな……」
「あ!?」
「いきなり、どうした」
「いえ、ふと新しい説を思いつきまして……」
「新しい説?」
「マサさんの縄張り説の逆で、実はドラゴンを街に呼び込んだのがウルクだったのではと」
「まさか、そんなことはねーだろうよ」
「僕たちが、クリスタのドラゴン討伐の話を信じないから、あえての今回のそれだったんですよっ」
「自作自演ってやつか……」
ごくり。
男らが、葡萄酒を煽る.
「すみません。そう言ってはみたものの、現実的ではないと思い直しました」
「だよなー」
ハハハとガハハ。
青年と中年が賑やかに笑う。
――客達の憶測が飛び交う酒場。
そんな夜が更けてゆき、ぱんだ亭はこの日の営業を終える。
そうして、深い夜に街も寝静まるのだが……。
――どうやら、今回の一件の一部始終を見届け真実を知る娘には、もう一波乱が待っていそうだ。
夜が明けるにはまだ幾ばくかの時間がある頃だ。
ぱんだ亭の屋根裏部屋では、エリがベットで眠りつく。
隣では一緒に寝るココアが、すぴーすぴーと寝息を立てた。
――そこへ、角と尻尾のある人影が忍び寄る。
それからその人影がベッドを少し沈ませながら、エリに馬乗りになった。
「う、ううん……んん……」
眠るエリが、苦しそうな吐息を漏らした。
それもそのはず。
なぜなら、ガザニアの両手がぎゅううう――と、エリの細い首を絞めつけていたのだから。




