128 手招きドラゴン再び ①
広場の中央。
エリがにこやかな様子でトコトコと近寄る。
さすれば――、
――アレクがギロリ。
「なるほど、アイツか……」
威嚇するような鋭い目つきは、エリの向こう――待ち構えるガザニアのほうをにらむようだ。
「良かったあ。来てくれるかどうか、半信半疑だったから」
その嬉しそうな顔は、賭けに勝ったような気分からなのだろう。
「クサコごときが、俺を呼び出した風にするな。俺は俺の意志でこのクソ暑い中、ここに来ているのだ」
「あれ? 私達がここで待ってるからじゃないの!?」
「そうだな……。その辺にいたメガネ男が、『俺に借りを返したいヤツがいる』とかなんとか言ってきたので、ならばと、ここまで足を運んでやった」
「なら、やっぱりそれって私からの伝言を聞いて――」
言葉半ばで、エリはじろりとした視線に気づく。
「で……でも、それでも、最後はアレクが”行こう!”って思ってくれたからなんだよね」
「そういうことだ。つまりは俺の意志で来てやったのだ」
にか、と口元を緩ませ、アレクが牙のような歯を見せる。
「ちなみに、俺に気安く話かけてきたメガネ男は、『ぜひともエリちゃんに、よろしくお伝えください!』――と、ワケのわからんことをホザいていた」
「あ、そうなんだ。メガネの男の人かあ……あとでお礼しなくちゃだね」
「ふむ……。そういえば、だ、クサコよ」
「ん?」
「そのメガネ男。今はメガネじゃない男であった。ニヤニヤと気持ちわるいヤツだったので、ぶん殴ってやったのを忘れていた」
軽い調子で、うっかりしてたとばかりにアレク。
「うう゛……どこの誰かわかりませんが、ごめんなさい」
申し訳なさに、エリは唇を波打たせる。
おそらくは、眼鏡を壊されてしまった元メガネ男。
そして、エリが知る由もないところでは、その元メガネ男には、眼鏡のほかに失うものがあった。
――エリへの片思い。
大切な眼鏡とともに、それも砕け散ったことだろうか。
凶暴な戦士と関わるのはまっぴらごめんだが、気になる給仕娘からの頼みとなれば特別だ。
恋心と下心。
それを胸に、元メガネ男は勇気を振り絞ってアレクに声を掛けた。
すべては、これをきっかけに始まる給仕娘とのラブストーリーのために――であるも、男の夢物語は『どこの誰か』で終わってしまうようだ。
「まあ、メガネ男だろうがメガネじゃない男だろうが、どうでもいいがな。それより――」
正面に向けて、アレクの大きな手が伸びる。
そうして無造作に触れるのは、エリの小さな顔。
「むに~」
ぐい、とエリが邪魔そうに横へ押しやられた。
「俺に借りを返したい女がいると聞いたが、キサマで間違いないのだろ?」
アレクが数歩前へ。
たたずむ相手……様子をうかがっていたガザニアも応じるように歩み出る。
相も変わらず不敵な態度のアレク。
どことなく緊張しているガザニア。
その両者が向き合う。
「ガザニアで間違いない。おまえもアレクという人間で間違いない」
「ふん。ならば良かろう」
スララ~と引き抜かれた刀剣。
アレクが抜身の刃を肩で担ぐ。
「おまえ、何するつもりだ? もしかして、ガザニアと戦うつもりなのか?」
「角女を懲らしめた覚えはないが、俺に仕返しすると息巻いていたのだろう。何を今さら怖気づく」
「仕返し? ガザニア、人間のおまえに借りを返したい。それで待っただけ……だぞ?」
「そうだよ、アレクっ。アレクが早合点しているだけで、ガザニアさんの”借りを返す”はそういうのじゃないからっ」
アレクを止めようと、ぱしり握るマントをエリが一生懸命に引っ張る。
すると、むんずと襟首をつかみ取られる。
「ええいっ、うっとうしい」
――ぽいっ。
アレクが吊り下げるエリを後ろへ放り投げた。
ぐるんとエリが宙で一回転。
そのままきれいに――臀部で着地を決めた。
「あうう~」
エリがどすんと落ちて痛めた尻を擦る。
それを尻目にアレクはすでに、準備動作へと入っていた。
――切っ先が地面スレスレの下段の構え。
がに股の踏ん張りで、ぐんっと力を溜める。
「ちょうど新しい必殺技を編み出し、ウズウズしていたところの俺だ。そんな俺に挑んだことを後悔させながら、キサマを返り討ちにするとしよう」
「おまえ、ガザニアを攻撃するのか!? 人間の女も言った。ガザニア敵違う」
「問答無用というヤツだっ。いくぞっ」
――とおおおおりゃあッッ!!
気合一発の掛け声。
それとともに、刀剣が下方から上方に振り抜かれた――その直後だ。
――ブワシャアアアッ! と空を切り割く衝撃波が走るっ。
『疾風波』。
そうと呼べる三日月型の鋭利な風の刃が、アレク斬撃から発生、それこそ疾風の勢いでガザニアを襲った。
しかし。
「ちっ。ハズしたか」
風の刃は狙いを逸れ、ガザニアの横を通り過ぎる。
そして、時計塔まで突き進むと、そこにあった工事用の柵をスパンと真っ二つにした。
「ズバッシュと勝手が違い、この”ブワッシュ”はイマイチ狙いが狂うな」
「うわ、何今の!?」
エリが声を上げた。
驚愕したくもなる、剣技でそれを放つことが可能なのか、と思えるようなデタラメな攻撃であった。
「ぬくくっ。どうだクサコよ、なんか派手でスゴそうだったろ!」
アレクがくるり。嬉しそうに振り返る。
「ズバッシュは、投げた剣をあとで回収せねばならんなあ……と勘づいた俺は、密かに新必殺技を考えていたのだ」
「それって……毎回、剣を拾いに行くのが面倒になったんだね……」
エリはぼそり、アレクの心情を察した。
「おい、人間のアレク。危ないだろ」
「そうかそうか。ビビったか」
ガザニアの抗議に、アレクが向き直る。
それから、間髪入れずに再び『ブワッシュ』の構え。
「とりゃ、とりゃああッ」
ニ連続の振り抜きが、二つの疾風波を生み出す。
――そして。
放たれた片方の風の刃が、ガザニアを直撃する。
いいや……本当の意味でのそれは果たせなかった。
「な、なんだと!?」
相手の切り裂かれた姿でも予想していたのだろう。
それを覆す事態に、アレクが驚いて見せた。




