127 竜娘ガザニア ③
ガザニアがお館様と敬う者がいる。
北の地を統べる魔王ヴァルヘルム。
人間が竜王と呼び畏怖する竜魔の長――。
――そのお館様である竜王が、このところあからさまに冷たい。
周りの竜魔達もどこか素っ気なく、ガザニアと口を利かない者達が増えた。
そうした態度をひしひしと感じ始めたのは、鉱山の一件からだった。
ゆえに、ガザニアは相談をした。
竜王の側近であり、その時のことを知る赤い飛竜に。
――飛竜ダリアはまず、ガザニアの身に何が起きていたかを語った。
人族から手玉に取られ、自我を失いただの獣と化していたこと。
それにより、人族からこぞって命を狙われる事態になっていたこと。
そして、そのような危機に陥っていたガザニアを見かね、竜王自らが鉱山へと赴き救おうとしたこと……。
――心が押しつぶされそうな自責の念。
ガザニアは、いたたまれない気持ちでいっぱいになった。
そこへ、ダリアからさらに語られる。
自我を失う元凶が、冒険者と名乗る一人の人間達の手によって取り除かれたこと。
竜王がそれに報いるため、人族へ告げた自らの言葉を取り下げたことを。
――なんということだ。お館様の顔に泥を塗ってしまった。
ガザニアは悲痛にあえぎ悔いた。
当然ダリアからは、主たる魔王の名誉が愚妹によって傷つけられたと責め立てられた。
だが、どれだけの後悔や非難があろうとも、それはもはや取り返しのつかない出来事でしかない……はずであるが――――。
「だからガザニア、人間の男アレクから受けた借りを返すことにした」
木陰での会話。
そこでは、エリが聞き手にまわる様子が続いていた。
「ガザニアがアレクの望みを叶える。そしたら、借りなくなる。借りなくなること、帳消しって言うだろ? これで、お館様も不名誉違う」
世の中の物事が、数式のように足したり引いたりできるとは言い難い。
それでも、プラス・マイナスでゼロの無かった出来事となるらしい。
要は、ガザニアの負い目が解消されたならば問題ない――という身勝手なものなのだが、それを手土産に戻れば万事解決との考えるようだ。
「なるほど……そういうつもりでの”借りを返しに来た”だったんですね」
ほ、と胸をなで下ろすようなエリ。
ガザニアからの物騒な物言い。
それを耳にした時は、ひやりと肝を冷やした。
しかし、気を揉みながらもこうして話を聞いてみると、それも杞憂に終わりそうだ。
ただし……。
「でも、もしアレクの望みを叶えるとしたら……」
「なんでも平気だぞ。ガザニア、人間の望みなんて大したことないの知ってるからな」
何を根拠にしているのかはさておき、自信満々の笑みがエリに向けられる。
「だとしても、どうなんだろう……。アレクといったらやっぱりお金なんだろうけど……」
頭から足元まで。
エリは改めてガザニアを見た。
「ガザニアさん、余分なルネたくさん持ってます?」
「……余分なルネ? るね? 聞き覚えある……けど、何だ、それ?」
「あのお……すみません。今の話は忘れてください」
「なんでだ」
「ええと、その、持っていないのが丸わかりだったんで……えへへ」
エリは苦笑しながら、先行きの不安を感じた。
助けを惜しむつまりはないのだが、
――『おそらく、無理っぽい気がするなあ……』
と、エリはガザニアの行く末を案じるのだった。
そうこうして、である。
――『おまえ、今すぐアレクと会わせろ』
そう急かすガザニアの願いを聞き届けたエリは――、今は陽射しの中をガザニアと肩を並べて歩く。
到着した先は、再建築中の時計塔ノッポさんがある広場。
そびえる時計塔は工事中であるも、完成間近といったところだ。
「これで、ガザニア、アレクと会えるのか?」
「自衛団や自治会の人にもお願いしたし、アレクが通りそうな場所の街の人達にも声掛けたし、きっと大丈夫だと思いますよ」
かいつまんだガザニアの紹介とともに、エリは街中をあちこち訪ねていた。
そうやって、伝言をお願いして回った。
――『アレクを見かけたら、時計塔広場で待っていると伝えてほしい』と。
アレクは普段どこで何をしているのか。
モンスター退治の依頼や何かしら騒動を起こしているほかは、見当もつかないその行動範囲。
よって街の人達の協力を仰ぎ、エリは”待ち合わせ”の一計を案じたのである。
「もし、夕方まで待ってアレクが来なかったら、ぱんだ亭かなあ……」
絶対に会えるとは断言できないまでも、ぱんだ亭でならそのうち会えるだろうとエリは口にした。
「パンダテイ?」
「あ、私がお世話になっているお店です」
このやり取りからだったろうか。
なぜだかエリが、ぱんだ亭での生活をガザニアに話して聞かせる流れになっていた。
店主ヨーコの話。
そこで一緒に暮らす、可愛い魔族の幼子ココアとおまけの蛙の話。
それらはガザニアにも楽しいものだったようで、人と魔の娘らは退屈もなく、そして程なくしてその時を迎えることなる。
――その時とはむろん、待ち合わせた相手の登場だ。
気づけば、ちらほらいた広場の人の気配が遠い。
ひそひそ、ざわざわ……と、端に身を寄せる人影が遠巻きにして見守るなかを、
――のしりのしり。
戦士の装いの男が、肩で風を切って進んでゆく。
「ぬ~ん。辺りに火だるまトンボが飛んでいるワケでもないというのに、なぜこんなにもクソ暑いのだ」
その不快さにしかめっ面のアレク。
額からは、汗がダラダラダラダラダラ~と流れていた。
こんな陽射しの強いなか、黒いマントを羽織っているのだ。
尋常ではない暑さだろうがともかく――。
こうして広場に、アレクがやって来たのであった。
大陸辞典:「キャットバイク」
大陸東、重工業で有名なハンダ地区に店を構えるバイク・ソウイチロウが手掛けた特注品の単体移動車両。
最高出力約300馬力。
最高速度約300キルマーベル
車体全長約3.00マーベルのイカした乗り物だ。
ちなみに、兄弟車に「マド・マックス」という尖り仕様マシンがある。
こちらの注文時には謎の合言葉、ブイハチを讃えよっ―――が必須。
もちろん、ブイハチサインをキメないもぐりな野郎は相手にされない。




