126 竜娘ガザニア ②
「ガザニアが覚えていなくても、ダリアが知っていた」
「……だりあ?」
「ガザニアと同じ竜魔。人間は飛竜って呼ぶって言ってたな。おまえ洞窟で赤いの見なかったか?」
「それなら、見ました」
エリの遡る記憶に、赤いドラゴンはいた。
クリスタの鉱山洞窟。
そこへ竜王とともに現れた飛竜の名が、”ダリア”のようだ。
「いつも偉そうにするから、ちょっといけ好かないやつ……だけど、ガザニアはダリアから”匂い”を分けてもらった。だから、ガザニアも洞窟のことを知っている」
「匂い?」
「ダリアの能力、自分の体験したこと”ニオイ”で相手に教える。竜魔ならそれで、ダリアが見たもの聞いたもの、ガザニアが見たり聞いたりしたものにできる」
「ほえ~」
感心したように、エリは相づちを打つ。
しかし、半ば理解を放棄したそれでもあった。
――すんすん。
と、鼻で嗅ぐものとはきっと違う”ニオイ”なんだろう――とは感じたが、それがどうした理屈で、見たもの聞いたものを他人に伝えられるのか……。
エリにはまったくもって想像できない。
「あ、じゃあ、もしかして――」
柏手を打つように、胸元で両手を合わせたエリ。
「ガザニアさんは……たとえば、あの時の”手招き”なんかは空白状態ってことになるのかな? 飛竜のダリアさんはその後だったし……たぶん、そういうことですよね?」
「あの時の手招き?」
「うん。私、クイクイって手招きされたあと、ぐぼおおってすんごい炎を吐かれたんですよ」
「ガザニア、ガザニアがおまえに手招きした――のか!?」
「気にしてほしいのはそっちじゃなくて、炎のほうだったりの私なんですけれど……なはは。あれですよね。冒険者の手引き書だと、手招きドラゴンさんが求愛……あれ? でも、男のドラゴンさんとか書いてあったような」
エリがまじまじとガザニアを見た。
ぼふんとした膨らみの胸、くびれた腰といい、自分のものと比べるまでもなく物の見事に女性らしい体つき。
「ガザニアさんって……明らかに、女の人ですよね?」
手引き書では、手招きドラゴンの”手招き”は、雄のドラゴンによる求愛行動と記されていたはず。
『まさか!?』と、エリが疑惑の目を向ける先では、口をぱくぱく、ガザニアが何やら動揺していた。
「ち……違うからな。ガザニアは違うからなっ」
「そ、それはつまり、女の子じゃないって意味ですか!? それとも、男の子じゃないって意味ですか!?」
近頃になって、魔族の性別は大事なポイントとなったエリ。
――ここは、はっきりとさせなくてはならない!
と、語気も強く問いただす。
「ガザニアは女だっ。とても女だっ。だから、手招きなんてハレンチなことしないっ。だから違うっ」
赤面する竜魔の娘。
「……手招きって恥ずかしいことだったんだ」
「それに、おまえ人族じゃないかっ。人族なんかに手招きなんてしないっ」
「あ、じゃあ、あれって私じゃなくて、ココアちゃんにだったのかあ……」
「ココア?」
「私と一緒に魔族の女の子がいたんです。その子のおかげでガザニアさんから丸焦げにされずに済みました」
「違う。それ、絶対に違うぞっ」
「え、違わないですよ。ココアちゃんが”バリアー”っていうすんごい魔法で私を守ってくてたんです。本当ですよ」
「違う。ガザニアの違うはおまえのそれじゃないっ。ガザニアは、ガザニアは――」
その昂ぶる感情に合わせるような前のめり具合で、ガザニアはエリを威圧する。
「ガザニアは雄が好きなんだから、そんなことはなかった……ことにして欲しい」
モジモジしながら懇願する竜娘だった。
しかしながら、相手は今ひとつ鈍いところを持つエリである。
「えええええ、別に女の子が女の子を好きでもいいじゃないですかあ~」
マイペースに良かれと思って口にしたそれは、ガザニアの神経を逆なでしてしまうこと請け合いであった……。
竜娘にとって看過できない話題。
恥ずべきことらしい手招きのそれが一段落すると、ガザニアが話を戻し、そして話を進めようとしていた―――。
「ガザニアはおまえ達をちゃんと知っている。だから、人間の男のほうも問題ない」
「そう言えば、もともとそういうお話でしたっけ」
ガザニアからの恋愛話を期待していたエリとしては、この仕切り直しは残念であった。
ともあれ。
「ええとお、ガザニアさんが私を探していたのは、アレクを探しきれなかったからなんですよね」
「そうだ。この辺りをうろうろしてみた。でも、目的の男見つからなかった。そしたら、男と一緒にいたおまえを見つけた。ガザニアはおまえから、なんとしてもそのアレクの居場所を教えてもらう」
その両手が覚悟を決めたようにして、ぎゅっと握りしめられる。
「なんか、すごい意気込みを感じる……」
「当たり前だ。アレクという人間の男に、ガザニアは借りを返しに来たんだからなっ」
そう言い放つガザニアは、縦に走る瞳孔の目をさらに力強く見開いた――。




