125 竜娘ガザニア ①
先に反応したのは、エリであった。
ひょいと左へ、身をかわす。
相手に進路を譲ろうとした配慮――であるも、おおむね『なんだか、変わった人……』との警戒心によるものだろう。
――すると、そんなエリに合わせるように相手も動く。
むちりとした胸をたぷんと一揺れさせた、右へのステップ。
すなわち、互いに同じ方向へ移動したため、向き合ったままとなった。
「あはは……たまにありますよね、こういうの。お互い避けようとして……」
あちゃちゃと苦笑いを浮かべながら、今後はエリが右のほうにカニ移動。
しかしながら、またしてもエリの正面には彼女がいたりする。
めげずにエリがさらに右へ避ければ、彼女もさらに左へ。
――左、左、それから左と見せかけての右。
フェイントを混ぜたエリの動き。
それでも、しつこくぴったりと合わせられてしまう。
「ええとお……一体どういうことなのでしょう?」
こてり、エリが小首を傾げて見せた。
さすれば、立ち塞がる相手が応じるようだ。
「決まりだ。どうやら、おまえで間違いない。やっとだぞ。まったく、ガザニアの苦労はかなりのものだった。そこのところちゃんと知っておけ、人間の女」
ヘソ丸出しの腰に手をあてがう、自信たっぷり態度。
「うーんとお……つまり、私はお会いしたことはないけど、ガザニアさん? のほうは私を知っていて、探していたっぽいってことなのかな?」
「ガザニアが探していたのは違わない。でも、おまえがガザニアを知らないのは違う。一度会っている。ガザニア、おまえを知っている。おまえもガザニアを知ってるはず。だからこうして、見つけた」
「うう……」
エリは、困った。
年の頃は二十歳前後に見える娘。
そのパチリとした顔立ち、その風変わりな姿を目にしてもとんと思い出せない。
なので、当然エリは『人違いでは?』ときっぱり言い返したいところ……だが、向こうの意気揚々な物腰に気おくれしてしまう。
どことなく、こちらが知っていないと悪いような心境……。
「なんとなーくお会いしたかも、な気がしなくもない私ですけれど、思い出せないといいますか……ゴニョゴニョモゴモゴです」
「おまえ、ガザニアをなんとなーく思い出せないだけか?」
「その、そうですね。なんだか、ごめんなさい」
ぺこり、エリは頭を下げた。
そうして、上体を起こしてみると、とんでもない事態になっている。
水着娘とも形容できた相手が、その大切な要素を――今まさに、脱ぎ捨てていた。
「ど、どいうこと!? ただでさえギリギリなのに、なんでいきなり胸をおおお、さらけ出したんですかっ、ここ街中ですよ!? ガザニアさんっ、うわわわ、きゃああ、ダメダメダメ~」
ガザニアが下のほうのビキニ水着に手をかける。
エリのあたふたが最高潮になる。
「ガザニアはまだ”変身”が得意違う。この衣を破いたらまた人間の衣を探さないといけなくなる」
「え? はへ? 人間の衣?」
「おまえ、今のガザニアじゃ思い出せない言った。だから、本来のガザニアになろうとしている」
スルスルスル……。
娘曰く人間の衣、その股下の水着が足元へと降ろされてゆく。
照りつける陽射しによく映える、瑞々しい褐色の肌。
その細部までもが惜しみなくあらわになった――ところで、であった。
「……どうやらガザニアは、順番を間違った。足に履いてる衣が邪魔で脱げない」
スルスルスル。
股下の水着がもとに位置に戻る。
そうして、ガザニアは先にブーツを脱ごうと試みるわけだが、それを黙って見ているエリではない。
ガザニアのすっぽんぽんは、純情な乙女の手により断固として阻止されるのであった。
街の通りの端。
木陰では、種族の異なる娘が二人話し合う。
「――それでここまでやって来たが、本当に、ガザニアが元の姿に戻らなくてもいいのか? おまえはそれで、ガザニアを思い出せたのか?」
「大丈夫です。ガザニアさんのお話を聞いたら、今の見た目でも納得できましたから。というか、こんなところでドラゴンさんになられても困りますし……」
聞けば、ガザニアという風変わりな娘は魔族の竜魔らしい。
それもクリスタ鉱山で対峙した――手招きドラゴン。
【変身】という技能で、ドラゴンの姿から、こうして人間のそれになっているようだ。
――もっとも、エリの隣のドラゴン娘に至っては竜魔の面影がいくらか残る。
”頭の角”や”鱗のある尻尾”のそれだ。
しかしながら、この特徴が残るからこそ、エリもガザニアの正体をすんなり受け入れたのだろう。
そんな奇妙な人の姿をしたガザニアだが、どうやら魔族のガザニアから見る人族とは、大差ないと認識しているようだ。
ゆえに、現在の状態まで【変身】できるようになれば、『これで、人と見まごうはず』と躊躇せずクリスタの街で情報を集め、探す相手がこの街プジョーニにいることをガザニアは突き止めた。
「でも、少しだけ、よく分からない部分もあったり、かな」
「どの部分だ? ガザニアの翼か? 翼を見たいなら、やっぱり元に戻るしかないぞ」
「あ、結構です。戻らないでください。ええと、ガザニアさんがあの時の手招きドラゴンさんなのは分かるんですけど、ガザニアさんさっき、その時のことは覚えてないから~みたいなこと言ってましたよね?」
「うん、言った。おかしな玉を食べさせられてから、ガザニアの意識はずっと眠ったままだった。だから、いろいろと知らない、空白だ」
「でも、私を知っていて探していたんですよね?」
エリは不思議がる。
それもそのはず。
ガザニアの話によれば、エリの存在自体を自覚できていない。なのにどうして探す相手となったのか――。




