120 西の街、プジョーニ ②
「どうしたさね?」
ヨーコの尋ねに、魔族であるボルザックはしばし時を要した。
――そこには、様々な心情があっただろうか。
魔族のプライド。
尊重するべき姫の意向。
たとえ人族相手といえど、厄介になる自身の立場。
そうした葛藤を踏まえ、気持ちを固めた。
「……迷惑を掛ける」
蛙の頭がぺこり、お辞儀する。
つまりこれは、蛙は蛙なりに覚悟と敬意を見せた……わけであったのだが。
――何がおかしかったのか。
相手から、からかうようにて笑われてしまう。
腑に落ちないヨーコの態度。
「人族とはいえ、ヨーコ殿には恩義があるゆえ大目に見るが、拙者、意味もなく茶化されるのは好かぬ」
気分を害する蛙が抗議する。
しかしながら、相手はそれをさらり受け流すようだった。
「いやさね。別に迷惑だなんて思ってもいなかったらさ。蛙なんだから見た目もヘッタクレもないんだろうけど、見た目の割にえらく殊勝な蛙って感心してしまったら、それが妙におかしくなってきて」
くすくすと、店主の笑いは尾を引く。
「魔族である拙者やココア様がここで居座るというのに、迷惑ではないと?」
「全然。たかだか喋る蛙に、食い意地はった子供が増えただけ。可愛いものさね。アタイを困らせたきゃ、どっかの馬鹿みたくなくちゃ話にならないね」
そうヨーコが言えば、常連客らが次々と蛙に声を浴びせた。
蛙の奇妙さを楽しみする声。
可愛らしい娘としてココアを愛でる声。
それから、どっかの馬鹿への愚痴。
とにかくは、ボルザックやココアをぱんだ亭の一員として迎えたい。いいや、すでにここに居るべき存在として認めた声でいっぱいであった。
――魔族の蛙が、魔族の姫を見る。
ぴょんと跳ねる蛙。
いつものように、今は眠るココアのそばへ。
そして、悪くない気分のままに、蛙は蛙なりに思うところがあった。
見聞を広めるための魔族の姫の旅。
魔王ダージリンの拝命を受け、教育係兼護衛として、ボルザック・ボルゾックはココアに付き添う。
その彼が今、自身を省みていた。
200年近く生きる彼は、世の中に際して、豊かな知識と見識を持つ魔族である。
ゆえに彼は、ココアの教育を任されていたのだが。
「……ソレガシのほうが、学ばされることになろうとは」
どうやら、ボルザック・ボルゾックの人族への認識に、少しだけ変化が生まれたらしい。
ココアを見守る目から、うかがい知り得るだろうか。
――そんな折である。
わいわいと騒がしいカウンターに、おもむろに姿を見せた少女がいた。
給仕のエリである。
ただし、仕事の合間に顔を出したその顔は、いつもの笑顔の絶えないそれとは違う。
鬼気迫る――とまではいかないまでも、こわばる表情は十分にその真剣さを伝えてくる。
「あ、あの……私もボルボルさんとお話したいことがあるといいますか、あることに気づいて聞かずにはいられなくなったといいますか……いいでしょうか」
意を決したような眼差し。
それから、ごくりとつばを飲む喉。
エリはとても大事なことを問いただそうとしていた……。
大陸辞典:「弾鐘」
修行僧の聖地、孤島ジームで祀られている呪具。
安置されている場所は常に閉ざされている。
よって、具体的に呪具が何なのかを知る者は少ないのだが、噂によれば、見る者次第でその形状が変わるとも言われている。
また呪具を手にした者は、ジョウワンニトウキンと謎の呪いの言葉を唱え続けると言われている。




