119 西の街、プジョーニ ①
※
白いフードを被る巫女。
そして、黒いフードを被る教団の影が消え去った翌日。
プジョーニの街では、早朝から【なんと! あのウルクアレクが不治の病で死んでくれる話】が駆け巡る。
汗ばむ季節に吹き抜ける心地よい風とでも言うべき喜びに湧く人々。
こうしたなか、太陽が真上に差し掛かる頃にようやくであった。
【夜にひっそり。街の顔、時計塔ノッポさんが倒壊!!】のニュースも知られることとなる。
昨晩、人知れず朽ちたらしい古い建物。
長年目にしていたノッポさんの姿は、もう広場にはない。
その事実に、切なさを感じた街の者も多い。
しかしながら、幸いにも怪我人などの被害はなく、またもともと老朽化により補修工事を行う予定だったことから、街の人々が悲嘆に暮れるようなことはなかった。
――だが。
街が夕焼けに染まる頃ともなると話が変わる。
夕暮れに合わせるように、人々の心も沈んだ。
――なぜなら、ノッポさんの倒壊があの男が関わったものだと、この頃すでに噂になっていたからだ。
元となった自衛団の調査報告はこうである。
①何かしら強い衝撃が加えられ、それがノッポさん倒壊の原因だろうとのこと。
②それに関わる物的証拠として、現場に残された『刀剣』を押収したとのこと。
③あまり目にしない形状の刀剣から、持ち主と思われる自称戦士の男に思い当たる。
④該当者に接触したところ、団員を盗人扱いつつも自身の所有物であること認めた。
⑤ただし、犯人と思しき男は黙秘。自供を得るには至らず。
とのことであるも……その実。
――『ちょうど、こうして武器が戻ってきたところだ。何かとしつこそうなキサマらを”あわよくば、俺の物を盗むつもりだったろう罪”で、今すぐぶった斬ってやらんこともないぞ』
と脅された末に、自衛団はウルクアレクへの取り調べを断念したようだ。
そんな自衛団からは、もう一つ重要な発表があった。
――『残念ながら、”あのウルクアレクが不治の病で死んでくれる話”は嘘偽りだと発覚しました。よって、今後も危害級観察対象者には重々気をつけてください。よろしくお願いします!』
だとのことで、ぬか喜びに終わった街の人々は次々に顔をうつむかせるのであった……。
そうこうして。
ここは、いつもの夜を迎え、いつも通りに賑わうぱんだ亭である。
「いや~、ヨーコちゃんよ。喋る蛙となりゃ、こいつの物珍しさで店もますます繁盛するんじゃねえか!?」
常連客の中年男マサが、葡萄酒を煽りながらに言う。
隣の連れのロニが、間違いないと太鼓判を押すようにうなずく。
カウンターの男らは今夜、前回棚上げしていた”喋る蛙”の話題で盛り上がるようだ。
しかしながら、酒の肴にされる方は、楽しくもなんともない様子――。
草木の色のややヌメっとした物体が、ぴょこんと躍り出た。
「人族の者らよ。これだけは言っておく。ソレガシは見世物になるつもりはない。こうして言葉を交わす必要性がある場合のほかは、人族の前で口を開くつもりはない」
おそらくは、にらみつけるのだろう丸い目玉。
喋る蛙ことボルザック・ボルゾックは、店主ヨーコを背にその眼光を男らに向けた。
「あら、そうかい。それは残念だね」
ヨーコの声に、首らしきものは見当たらない蛙の首が振り向き、仰ぎ見た。
「たとえ、ココア様が世話になるヨーコ殿の頼みといえど、聞けませぬな」
「いやさね。アンタは大したことないんだけどさ、そこのココア様なお嬢様はなかなかどうして大食らいだからねえ……。売上が増すなら、ちょっとは食費の足しにでも、とアタイは思った次第さね」
きれいな口元が、計算高く笑うようだった。
「ゲコゲコ……」
蛙は悩むように喉を鳴らす。
「一宿一飯の恩義すら返さぬようでは蛙魔の恥……ではござるが」
「かれこれ、ひと月以上いるんじゃないかい?」
「グゲココ……た、確かにそうもなりますな……さすれど、誠に勝手ながら、拙者、特にココア様は目立つことは避けるべき身の上にて……御免こうむりたく」
おおよそバツが悪いのだろう。
声音も弱々しく、どことなく体躯を縮こませる蛙がいた。
そんな蛙を目の前にしていたヨーコが、その視線を周りに配らせた。
「そういう訳らしいさね。これと言って魔族っぽくもないが、ボル蛙とお嬢様はそれを秘密にしときたいだとさ。マサさんもロニくんも言い触らすような真似はしなさんさね」
「ロニはどうだかだが、俺はそんなつもり端っからねーな。なにせ俺は、ヨーコちゃんからの期待を裏切るようなこと、今までやってこなかったからよ」
「ちょ、僕だって初めから見世物に、なんて気はないですからっ。冗談話だってわかってましたからっ。ヨーコさん、本当ですから」
「まあ、アレだしな。ここらへんの連中ならまだしも、王都辺りの人間が知っちまうと、たぶんロクなことになんねーだろうしよ」
「たぶん、いいやきっと、王都から討伐隊とか派遣されてしまうのではないでしょうか」
「やっぱり、そうなのかね……」
ヨーコが視線を落とす。
客側のカウンターでは、銀髪の幼子が顔をうつぶせている。
晩御飯のを済ませ、眠気に抗えなくなったココア。
よだれを垂らす寝顔。
それを微笑みながらにヨーコが優しく見つめる。
「まあ、その時はその時で考えるとしようかね」
「……ヨーコ殿」
変化に乏しいが、蛙の顔が神妙なそれとなる。




