118 古代の遺跡、見張り塔にて ②
死者が、己の死を受け入れる。
それがどういったものなのか、生者には知る由もない。
あえて想像してみるなら、戸惑いだろうか。
はたまた、そのまま現世を継続している認識となるのか。
いずれにせよ、椅子に縛られる男の理解は、程なくして終了する。
死を捧げた強い想い。
それは確かだ。
フランベンは、はだける肌の刻印から悟ることができた。
そのうえで、
――『蘇ってしまった』、と者が、己の死を受け入れる。
それがどういったものなのか、生者には知る由もない。
あえて想像してみるなら、戸惑いだろうか。
はたまた、そのまま現世を継続している認識となるのか。
いずれにせよ、椅子に縛られる男の理解は、程なくして終了する。
死を捧げた強い想い。
それは確かだ。
フランベンは、はだける肌の刻印から悟ることができた。
そのうえで、
――『蘇ってしまった』、と憎悪を抱き理解した。
本来なら絶対に開くはずのない死者の口が、沈黙を破る。
「……冒涜ですよ、サクラ・ライブラ。こんなことが、こんなことが許されるとでもおおっ。お前はお前は、この私を生き返らせることで穢したのですっ。盟主に捧げた高潔なる死をおおおオオッッ」
「さっそく、やかましいな~もう。”自分に何が起こったのか”の飲み込みが割と早かった点に、ちょっくら感心してたところだったのにさ」
勘違いしている点もあるにはあったが、相手の適応力をサクラは褒めた。
それでも、怒り狂うフランベンの相手は遠慮したいのか。
巫女は顔を覆うように、フードを被る。
「それはそれとして。ウチは『生き返らせた』わけじゃあないから。教会が”魂”と定義する存在を、その身体に呼び寄せているだけ……たとえ神の奇跡でも、完全な蘇生は無理らしい。だから、相変わらず、貴方は死者で変わりない……」
冷ややかに言えば、サクラの足元にあった短剣を手に取った。
フランベンから没収した数本のうちの一つ。
「怒るのは勝手だけど、これからどうやって尊師くんの口を割らせるのか説明をします。なので、ちゃんと聞くように」
相手に聞く耳があろうとなかろうと、サクラは淡々と述べた。
①一本ずつ、十本の短剣を投げる。
↓
②突き刺さる短剣を抜き取る。
↓
③それをワンセットとする。
要点はこうしたもので、サクラは説明通りの方法で詰問を開始する。
――グサっ。
巫女の一投は、フランベンの肩に命中した。
近距離とはいえ、”投げナイフ”の技を持たないサクラとしては上出来だったのだろう。
フードで覆われる目元の表情は分からないまでも、口角を上げたその口元を見るに申し分ないようだ。
そうして。
「人の身体って良く出来ているといいますか……強すぎる痛みは緩和したりするんだよね。人って繊細で弱い生き物だから、そうしないと、痛みに耐えきれず死んじゃったりするからなんだろうなあ……と。キメラ使いの尊師くんなら、言われるまでもなくご存知だったかしらん?」
サクラが、人体の機能を語る。
相手は口から泡を垂れ流し、人体の反応のひとつを見せた。
「くがっ……はがが……」
――グサっ。
短剣の二投目は、フランベンの腹部に突き刺さる。
「――ぐがああああっ」
「けど、死者の身体はそんな働きをしなくなるんだよね。必要ないから」
――グサっ。
ビクビクビク、と声にならない声で悶絶したフランベン。
「んー、すまこって。一応、弁解しておいたほうがいいのかな? これでもウチ、清らかな巫女な者ですから、今のは狙ってやったわけじゃあないから。いや、ほんとだから」
三投目は、フランベンの股間を直撃していた。
「死ぬような痛み、死んだほうがマシな痛みってあるじゃん。というか、そういうこと言ったりする時ってあるでしょ。それを尊師くんは今、体験しているわけだ」
四投目の刃が、苦痛に歪む顔、その目に刺さる。
「意識はあっても、死んだ事実は覆らない。つまり、本来なら死んでしまう痛みを、これから死なずに味わえちゃうってわけだ」
生者が知ることができる痛みには、限界がある。
限界を超えた痛みが、人を死に至らしめるからだ。
だが、死者であれば、それをうわまる痛みを知ることができる。
なぜなら、死者ゆえに死せる命がない。
「理屈としては、生き返ったんじゃあなくて、常世の”魂”を現世に留めているだけだから……なんだけーど、ウチとしては、なんで身体は死んでいるのに、痛みは意識体に伝わるのか、ちょいと疑問だったり」
――ドスっ。
五投目が容赦なく命中。
喉元に突き刺さる短剣は、生きている時は比較にならない激痛をフランベンに与えた。
「あと、喉が潰れても喋れたりするし。まーあ。そういうの調べるのはウチの仕事じゃあないから、とりあえず、人体の不思議ってことで」
――グサっ。
「――ぶくくく」
逃れる術もなく、フランベンは泡を吹き悶える。
それでも意識を失うことはない。
絞り出すように、絶命をもたらす『死の刻印』の言葉を唱える。
だがしかし、再び死せることは叶わない。
さらには、失う”指輪”を見せつけられる始末に、フランベンは発狂を通り越し、虚無感を味わいつつあった。
「尊師くんが、無くしたようなこと言ってたのを思い出したので、”いやーいやや。それウチがもう手に入れているからっ”と、遅ればせながらに突っ込むウチであった――まる」
よいしょ、とサクラは”投げナイフ”。
七投目もしっかり外さない。
「ぐごお……お前が、このフランベンに……お前は、何を聞こうと」
もう耐え兼ねない様子で、フランベンが問うた。
すると、サクラが人差し指を立てる。
「このやり取りのルールそのいち。尊師くんが発言できるのは、このワンセットが終わってから。つまり、それまでコレが中断することはないから」
サクラの中指が起き上がる。
立てる指が二つになる。
「それから、ルールそのに~。ウチが質問するのは、次のワンセットが始まる前。つまり、それまでコレが中断することは絶対にないから」
――グサっ。ドスっ。
八投目、九投目とサクラは短剣を投げた。
残りは一つとなった。
ただしその十投目は、短剣による十回の”投げナイフ”の一区切りの終わりでしかない。
最後の一投の後、サクラは椅子の男の身体から、突き刺さる短剣を引き抜き回収した。
その際、フランベンが『何を知りたい』と言葉をこぼす……が。
「んじゃあ、次のワンセットだね」
そう言って、またサクラは短剣を投げ出す。
再び始まる”ワンセット”。
「”何を知りたい”じゃあなくて、尊師くんがすべてを話す。それ以外で、これが終りを迎えることはないから」
サクラは終わらせ方を提示する……が、しかし。
すべてを吐いたかどうかを決めるのはサクラであって、フランベンではない。
よって、おそらくはこれ以降も、この拷問を繰り返し行われるだろう。
どれだけ痛めつけても、死者が死ぬことはない。
ならば、【神気】が効力を失い、フランベンの魂を手放すその時まで、とことんやり続けるべきが合理的かつ、信憑性のあるネタを吐かせられるというもの。
そうした腹積もりのサクラであった。
だからこそ、
――汚れ仕事は、粛々と行われてゆく。
そして。
このような非情な自分を隠したい心理がゆえに、普段から飄々と振る舞う巫女サクラ・ライブラであったろうか――。
大陸辞典:「おカマいいこと」
世間では流行っていないが、一部の界隈で流行した言葉。
大陸には、「見た目は漢、心は乙女」な男達で構成させた団体がある。
その団体で流行した、相手をもてはやす言葉。
「お可愛い」に近い意味合いのそれだとの団体関係者談。




