117 古代の遺跡、見張り塔にて ①
”何故だか、モンスターを寄せつけない”。
そんな不思議な力、【神の加護】を宿す石造りの遺跡があった。
プジョーニの街の東に位置し、街道をやや外れた場所。
岩肌をさらけ出す地で、それはそびえ立つ。
――古代の見張り塔。
こう呼ばれるくらいなのだ。
最上部からは、さぞや良い景色も拝めただろう。
空も白み始める――。
訪れたタイミングとしては悪くない……が、景色よりも食べ物を愛でたい巫女にとってはどうだか。
そもそも、登るのではなく、階段を降りた場所なのだ。
ここから外を眺めようなど、到底無理な話である。
明り取りの魔晶ランプ。
いくつかの光を灯すここは、
――隠し通路から行ける、地下の部屋。
四方を冷たい石壁に囲まれる一室に、広さはあった。
しかしながら、出入り口の石扉が閉じてしまうと閉鎖空間となる。
だからなのか。
重みのある低い天井といい――、通気口はあるにせよ、どこか息苦しくも感じる。
こうした雰囲気の区域を、巫女は『祭壇の間』と称する。
しかしだからといって、あからさまに”祭壇”があるわけではない。
奇妙な図形が石壁に刻まれ、作為的な凹凸模様が石床に見られる程度。
おおむね、殺風景なところでしかない。
だが、それでも。
――【神の加護】の力を働かせる役割を担う。
よってここは、不思議な力を宿す見張り塔の根幹部分と言えよう。
その『祭壇の間』のほぼ中央。
椅子がひとつ置かれていた。
そして。
ローブの男が、縛られながらに座る。
足を椅子の脚に――。腕を肘掛けに――。腰と首は背もたれに……細いベルトが、尊師フランベンの自由を奪う。
「……無駄ですよ、サクラ・ライブラ」
弱々しくも、はっきりと聞き取れる声であった。
覚醒したばかりの意識でも、自身の置かれる状況を把握するようだ。
――拷問。
今から行わるそれを、無意味だとフランベンは告げたのである。
「おーやおやや。お目覚めのようだあーねえ」
サクラ・ライブラが反応する。
椅子の周囲に印を記述したりと、【神の加護】の力を借りるあれこれがちょうど終わったところだった。
「無駄だったかどうかは、やってみて決めるとしよう。ちなみに、どんだけ騒ぎ立てても、誰にも迷惑をかけない場所だから、よろしく」
数歩足を運び、サクラが椅子の男フランベンの正面へと回る。
「こうして、教えて差し上げたのにもかかわらず……ああ、愚者とは、つくづく救いようがない……」
「ウチだって、そう簡単に『月たる鵺』のことを、その口から聞けるとは思ってないから。でもね……その道のプロじゃあないにしろ、まったくのドシロウトってワケでもないよ、こっちは」
役職がある教団の男。
こうして聞き出す機会も少ないその者からなら、何かしら情報を得られる可能性が高い。
”指輪の物品”だけでなく、それも手にしておきたいサクラとしては、是が非でも吐かせたい。
そのためには、手段を選ばないつもりでいた……が。
「クヒヒ……どんな苦痛だろうと、どんな魔法を使おうとも、このフランベンには、無駄、無駄、無駄ああッッなのですっ」
「こらこら。そりゃあ、誰にも迷惑かからないとは言ったけども、あんまり叫ばないでくれるかい。ここ響くから」
『ウチには迷惑なのだよ』とばかりに、サクラは両方の人差し指で耳をふさぐ。
対してフランベンは、昂ぶる感情を抑えきれないのか。身体をぶるぶると震わせていた。
それから、こぼれ落ちそうな目で見るようだ。
対面のサクラに、彼女でない何者かを。
「ああ、盟主よっ。”支配する世我の夢宝石”を失ってしまった今、このフランベンにできるのは、もはや貴方様の御慈悲を乞うだけ……」
願うような声。
「メアリー様。貴方様から賜った祝福の言葉を……すべてを捧げるこのフランベンこそが、もっとも相応しいのではないでしょうか……そして」
開く瞳孔。
それが、ピントを合わせるようにしてすぼまる。
「ソソソそしてっ、邪悪なる巫女のお前には、呪いとなる言葉ッッ。それをありがたくもおお、聞かせて差し上げようといいゆううのですっ」
フランベンの精神状態は、追い詰められたもので違いなかった。
だが、その精神は――その先の至福へと向かう。
「”バンザイサンショウ”うううっ――」
謎の言葉を発して、直後であった。
――ガクン。
椅子に座る男は、頭をうなだれた。
そして、ピクリとも動かない。
「あーあ」
サクラの手がフランベンの首筋に触れる。
脈はない。
案の定、死んでいた。
「こういうことするから、面倒なんだよね……。だからといって、喋ってもらう口を塞ぐワケにもいかないし」
詰問対象の”自害”。
その事態に、サクラは短剣を取り出す。
元はフランベンの持ち物だったそれで、相手のローブを胸元から割いた。
「やっぱりかいな……」
確認するまでもなく、といった言い草で確かめた肌には模様があった。
――はだける男の胸には、『死の刻印』。
おそらく、”キーワードを唱えると浮かび上がる模様”があった。
それが現れる時は、心臓の破壊を意味した。
「ふひ~」
やれやれと、サクラが大きく息を吐く。
これから追加される疲労への嘆きである。
夜から現在に至るまで、飛び降りたり、戦ったり、傷を癒やしたり、男を運んだり眠らせたり――と、何かと【神気】を活用していた。
肉体的にも精神的にも疲れが溜まっている。
そこからさらに、大掛かりなことをやらねばならなくなった。
「まーあ。わざわざ『祭壇の間』を選んで来ているのも、こういうことになるだろうな~と思ってたからなんだけども……」
この場所へ、選んで来ている。
それは、巫女サクラならではの行動だろうか。
まず第一に、隠し通路を看破できたのは、教会関係者だからこそ。
教会は、”神の加護に関する研究資料”を多く保有する。
それが無いとなれば、この場所へ訪れることは難しかったろう。
そして。
意図して、『祭壇の間』を詰問の場所とした理由であるが。
――【神の加護】、その力を借りるつもりでいたからだ。
「そうなんだけどーもさあ……せっかく、戦士くんから助けてやったんだから、ちょっとくらい遠慮して死のうよ。拷問のルール説明もまだだったのに……」
ぶつくさ言いながらも、サクラ・ライブラは【神気】に必要な所作を行い、神に真名を告げる。
「最上位特級神気――、『その聖なる手は魂をも触れた』!」
細工を施していた石床から、キラキラと輝く粒子が昇る。
眩しい明るさの中、対象者である亡骸には”神の奇跡”が働きかける。
一方で、術者である巫女は、精神力をガツガツ削られゆくのを感じていただろうか。
「とりあえず……これが済んだら、美味しいものを食べよう」
頑張る自分へのご褒美。
サクラはその確約を励みに、乗り切ろうとする。
――特殊な力場を利用して発動させるこの【神気】は、”死者の魂を呼び戻す”。
このまま成功に終われば、情報を吐かせる仕事が待っているのだから――。




