116 エンドゲーム ④
ぽっこりな残骸を椅子に見立て、アレクが腰掛ける。
そばでは、向き合うサクラが手を添え傷を治す。
ポワワ~。
優しく光る、アレクの人差し指の付け根部分。
――神の癒やしたる【神気】の発動。
さすがに、指を生やしたりなどは無理なレベルの”治癒効果”でしかないが、今回のような断面も綺麗な体組織を修復、繋げることは造作もない。
「このまま少しすると、元通りになるって寸法なのさ~。と、それはそれで~、キミくんのさっきのあれ、必殺技と言ってたスゴ技の……」
「ズバッシュだな」
「そう、それそれ。あれって、わざとハズしたんだよね?」
治療時間の退屈しのぎ。
そのつもりで始めたサクラが興味本位で話す。
「当然だ。言っただろう。俺の計画通りだと。ヤツの後ろにあった時計塔がああなることで、そのまま埋めてしまう作戦だったのだ」
「んー。あくまでもそっちを言い張るんだーねえ、キミくんは」
『じゃ~あ~』と声を伸ばしながらに、サクラは二の句を考える。
「わざわざ、怪我してるこっちの手を使ってまで、”人差し指がないおかげで、狙いが狂ってしまった”攻撃をしたのは、作戦通りな狙いのためだったんだよね? つまりブラフだった」
「ふむ。何やら、よくわからんようになってきた気もしなくはない……が、まずは、”ぶらふ”とやらが何かを言え」
「ハッタリかまして、相手を騙してやったぜいっ。てなところかな~」
「そうか……ではなく、そういうことだ。時に役者な俺は、お前の言う通り、ダマしてやったというヤツだな。うむ」
自信たっぷりな頷きである。
「そこまでする必要があったのは、怪我を押してでも、利き手じゃあないと、正確に狙えなかったんだな、これがっ――て、ことだよね」
「まあ、そんなところだな」
「ふふ~ん。ウチは見抜いてたよ~。誤って、メイドちゃんごとザクううッ! てなっちゃうのは避けたいから、絶対にハズす自信のあるほうの手を無理して使ったんだーねえ、キミくんってば」
にしし。
サクラが綺麗な歯並びを披露した。
すると、『ふんっ』と不機嫌な態度の相手から、添える手を払い除けられてしまう。
癒やしの光は失われ、【神気】の作用が途切れた。
「あーらあらら。まだ終わってなかったのに」
「俺はお前と違って、ヒマではないのだ」
治療はもう済んだとばかりに、アレクが立ち上がる。
――グー、パー、グー、パー。
指の動きに、支障はなさそうだ。
「なーんか、嫌われちゃった感じなのかしらん」
「そうだな。俺の指をくっつけようとしたお前は、意外にも、見込みのありそうな女だと思っていたがしかし、見当違いであった」
「ありゃりゃ。そこはかとなく残念。そんな気持ちから~、それはまた、どうしてだい? と聞いてみる」
「簡単なことだ。俺は魔法を使う女が嫌いなのだ」
アレクの黒きマントが翻る。
「ウチとしては、あの時みたいな相手の心を折る”強引なやり方”も、嫌いじゃあないんだけどね……」
見せられる背中に、サクラはつぶやいた。
返事を期待したものではない。
――自分では難しかったろう、と相手を認める気持ち。
それを口にしておきたかっただけだった。
人質を盾にする相手に、一歩も引かない方法も一つの手だ。
あの場合、人質に危害を加えてしまえば、相手は身の安全を図れない。
その点から、こちらが圧力をかけることはできたはずだ。
逆上させてしまう恐れもある。
しかし、相手を屈服させることも……と、サクラは考える。
だからこそ、嫌いではないどころか、好ましく評価するのだろう。
ぎりぎりまで圧力をかけた戦士を、その精神力の高さを。
見知らぬ人質ではなかった点を踏まえると尚更か。
そうして――。
巫女サクラが微笑んだ向こう側であった。
”どうやら、知り合い以上の関係だったらしい”――と見受けられた元人質の娘が、むんずと襟首を握られ持ち上げられていた。
「いつまで、寝ているつもりだ。とっとと起きろ、この寝坊助めがっ」
アレクが掲げる片腕を前後に振る。
「……はう!? はがわわわわわ」
ガクガクガクガク――。
目覚めてみれば、頭が激しく揺れていたエリであった。
そして、揺れも収まった目の前の光景に心を痛める。
「ノッポさんが……」
もうそこに、街を見守っていてくれた時計塔の姿はない。
感傷的にもなる――その視界が、ぐるりと回る。
吊られたままに方向転換。
エリはアレクと顔を突き合わせた。
「ところで、クサコよ」
「うん?」
「もうそろそろ、ヨーコがお前に給金とやらを渡すはずだが、どうなっている」
アレクに問われ、エリはハッなる。
――”もう、ルネは残っていません”
それを素直に話すべき、いずれ話さないといけなくなるとは知っていた。
ただ、今はまだ心の準備が万端ではない。
文句を言われるのは確実。
だとしても、このまま咬みつかれてしまうには覚悟が不十分――と、エリは自分にも素直だった。
その結果。
「お、お給金!? ヨーコさんからの……ええとお、私のお金は……うううんとおお」
しどろもどろとなる。
「おい、こら」
「ひゃい!?」
「お前のではないだろ。俺が手にしなくてはならないルネなのだから、俺の金だろ」
「あはは……」
苦笑い。
アレクを相手だと機会も多い、いつもの対応。
しかしながらエリは、いつもとは違うちょっとした成長をここで見せるだろうか。
「そういえば。元気そうなアレクだけど、病気はもういいの?」
誤魔化すため、エリは話題を変えることを覚えたのである。
「昔に聞いたシスターさんからの話だと、”ヤクルトウ”っていうお薬なら、どんな病気にも効くらしいよ?」
「ほう。聞き覚えがあるようなないようなだが。なるほど、そいつがあればクサコもまともになれるということか」
「……アレクのための話だったのに」
「どこをどうひねれば、そうなる。明らかにお前に必要な薬だろう」
呆れ顔のアレク。
それからすぐ、気を取り直し吊るす相手をにらむ。
「それはそうと、お前はなぜ、いきなりそんな話を持ち出したのだ」
「うぐ」
エリにはやましさがあった。
それが、アレクの真摯な眼差しをより突き刺すものに感じさせた。
「何か良からぬ気配が、ぷんぷんしているぞ。まさかクサコごときが、この俺をダマそうとしているのではないだろうな」
「お薬の話は本当なんだけれど……その……ごめんなさい」
結局、観念せざると得ないエリであった。
そんなエリが、なんだかんだと広場を後にする。
アレクから吊るされたままに、去りゆくだろうか。
その頃ともなれば、巫女サクラ、そして、尊師フランベンの姿もなくなっていた。
夜の静けさを取り戻す広場は、時計塔ノッポさんの瓦解した姿を残すばかりであった――。
大陸辞典:「剣聖・アデル」
大陸中に響き渡る名のひとつ、”ソードマスターアデル”。
我流であるものの、剣の腕前で彼女の右に出る者はいない。
それは卓越した剣技を誇る勇者アーサーをもってしても同じである。
そんな若き女剣士は、冒険者になるわけでもなく、ただひたすら自分に見合う剣を求め、大陸中を放浪している、いわゆる住所不定無職でもあった。
しかしながら、ソードマスター人気には貢献していただろうか。
クールな面立ちとすらりとしたスタイルの大陸最強女剣士。
現カンフーマスターと比べ、ソードマスターの人気が高いのもうなずけるものであった。




