114 エンドゲーム ②
――だが、短剣が人質を血に染めることはない。
それは切り札を失い、自ら窮地に陥ることを意味する。
よって、フランベンはギリギリのところで留まった――そう彼女には見えただろう。
彼女とは、事の成り行きを見守っていた巫女、サクラ・ライブラ。
もしサクラが、遠巻きの横からではなく真向かいからそうしていたなら、異なる見方をしていたはずだ。
なぜなら、フランベンは計算高いゆえに、己の衝動を抑えたのではない。
本能からの警告。
意思に反して、身体が痺れたようにして固まってしまったのだ。
――殺気めく圧力。
ビリビリと空気を震わせるその中では、短剣の刃を突き立てることができなかった。
「おい、ギョロ目。クサコがどうなろうと知ったことではない。だが、キサマごときが俺のクサコをどうこうできると思うなよ」
重い声で淡々とした言動には、刀剣の持ち替えも行われた。
血を流すアレクの右手――にもかかわらず、その利き手でしっかりと握りしめる。
さすれば、おもむろに振りかぶる。
「俺が今すぐクシ刺しにしてやるから、身の程を知って死ね」
アレクが大きく息を吸い込む。
その様子に、尋常ではない反応を示すのがエリであった。
「うわあっ。うわああっ」
体の自由がないながらに、首は右往左往、足をバタつかせ暴れだす。
そんな厄介な人質を盾にして、フランベンは……じりじりと後退していた。
狂気とも言える強い使命感と信念――とは裏腹な、気後れであろうか。
「小娘っ。ナナナ何を今更にいい、抵抗しようなどとおおッッ」
「だって、だってっ、このままだと、ビュンってアレクの剣が飛んできて危ないんだもんっ」
「ビュンではない、ズバンッ――だ! だからこそ、俺の必殺技は”ズバッシュ”と命名している。そして、このすんごい必殺技で、ギョロ目男をクシ刺しの刑にしてやろうというわけだっ」
振りかざす刀剣がさらに後ろへ。
ギギギと、弓を引くがごとく反り伸びる上体。
グググと力が込められてゆく、全身の溜め。
フランベンに、どれほど特別な攻撃なのかは推し量れない。
しかし、繰り出されるであろうモノは容易に察する。
アレクとエリの言動と、”投げナイフ”の特技がそうさせた。
そして、その攻撃には懐疑的であった。
「不浄の戦士っ。お前、お前に、そんなことがでえええきるはずもない。人質の小娘を盾にいい、身を隠すこのフランベンを射止めるなどっ、不可能ッッ」
投擲技を身につけるからこそ、相手がどこを狙えるかをフランベンはよく知る。
だからこそ、エリを上手く使い、その箇所を残しておくようなこともしない――のであったが。
「何が不可能なものか。クサコの盾ごときでは、俺のズバッシュは食い止められん。そのままクサコごとキサマがつら抜かれるだけだ」
「それは、それは、コココこの娘がどうなっても、構わないいいと言いたいのですかッッ」
「言っただろう。クサコがどうなろうと俺は知ったことではないっ」
「本当ですからっ。アレクに人質とか意味ないですからっ。だから、急いで逃げないと、逃げないとおお」
「くらあ、クサコっ。お前に、無駄口を叩く暇などないだろうがっ」
チッ、と舌打ちをしたアレク。
そしてすぐさま、ぐわっと瞳を大きくした。
爆発しそうな力を溜める。その限度に達した模様だ。
「こんのおおお、バカ者めがっ」
思いっきり振り抜かれた腕。
――そこから、凄まじい破壊力を秘めた刀剣が放たれた。
アレク曰く、ズバンッ――のそれは、ズドンッともズギューンッとも。
また、矢のごときとも砲弾のごときとも言える勢いで、エリもろともフランベンを襲うのであった。




