113 エンドゲーム ①
「おい、くらあ、クサコっ」
一喝する声。
間近でなかったにしろ、エリの耳をつんざく。
「なぜ、俺の指がこんなことになっているのだっ。どういうこと――、いいや、誰の仕業か、とっとと教えろっ。いいか。ヨーコが犯人だとしても隠ずヨーコがやったと言うのだぞっ」
アレクは続けて、がるるる~と唸る。
エリには釈然としない内容であっても、苛立ちはよく伝わる。
そして、このままでは、世話になる店主へ危害が加えられてしまいそうだ……と不安させも伝えてくる。
だからなのだろう。
その閉ざしていた口を開くようだ。
「たぶん、私のために? アレクが自分で、人差し指を切断しました」
「そうか。やはりヨーコのヤツが包丁で……ぬん? 待て。クサコ、もう一度言ってみろ」
「ヨーコさんはまったく関係ないから。アレクがじ、ぶ、ん、で自分の指を、スパンって切ったんだよ?」
「なんと、俺が俺の手で俺の指を……そうだったのか……」
声のトーンも低く。
アレクは思いつめるようだった。
「とうとう、クサコの頭の中身も限界がきていたか。どうやら、腐りきってしまっていたようだな」
「うう。私がおかしいみたいになってるよお……本当のことなのに」
「ホントだろうがウソだろうが、ワケのわからんクサコに変わりはない。自分で自分の指を切り落としただと? 誰がそんなバカ者を極めるようなことをするというのだっ」
「だから、アレクが極めちゃったんですっ」
「ええい、クサコを相手にしたのが、そもそもの間違いであったか。コイツでは、ラチが明きそうにもない。……大体、俺はこんな場所で……はて? そういえば、いつの間にやら夜になっている……ような気もするぞ」
時計塔も見える広場。
アレクなら見覚えはあるだろうそこで、時間の経過には違和感を覚えるようだ。
指輪の支配によって、その自我が完全に封じられてしまったのが夕暮れ前。
なので、アレクの感覚では、数時間後の夜なのかもしれない――が、実際には三日ほどの空白があった。
そんなアレクが、また何かにふと気づくようである。
「ところで、クサコよ」
「うん?」
「お前のほうは、後ろのギョロ目男から羽交い締めにされながら、こんなところで何をしているのだ」
「ええと……人質をやっています」
「やはりな。お前はとっ捕まってばかりの、どんくさいクサコだからな」
その指摘に、エリは反論できないでいた。
むしろ、『”人質慣れ”している気がしなくもないようなあ……』と前向きに向き合う。
現にこうして、気持ちに余裕を持って人質をこなせている――。
これもこの”慣れ”のおかげだろうと、エリは改めて感じたらしく、
「えへへ」
と、少し得意げに微笑んでしまうだろうか。
――そんな折。
青筋を立てる男の我慢が限界を超える。
エリの背後ではこれでもかと言うほどに、フランベンが目を剥き血走らせていた。
「いヒイイッッ加減んんにいいい、しなさいいいいっ」
「ぬおっ。いきなりなんだコイツは!?」
「不浄の戦士っ。そして、小娘もっ。これはナナナなんの茶番、茶番っ、茶番んんンッッッ――」
フランベンが喚く。
アレクをびくっとさせ、呆気に取らせるほどに。
それから、怒りの矛先を人質に向けるだろうか。
後ろから巻きつくフランベンの腕が、エリをきつく絞め上げた。
「うぎ……」
エリが痛そうに抑え込れる。
「ジジジ時間稼ぎだろうとなんだろうと、お前はこのフランベンにいいっ、従うしかないのですよおお。それをそれを、この娘がどうなっても構わないとでもおおお。望み通りいいいっ、して差し上げてもいいのですよッッ」
――今にでも、首を掻き切ってみせるっ。
フィランベンが衝動に駆られた――。




