112 アレックス ⑤
ありがとうございます。
*唐突かつとくに重要なことではありませんが、
作中の「フランベン」さんの名前は、フランケンシュタインから。
物語を楽しんでいただけたら、幸いです。
己の指を切り落とす。
相手が望むものをはっきりと知る彼にとって、迷うまでもない行為。
そして。
その覚悟は、決まりきったものでしかなかった。
人質の少女だけは、なんとしてでも救わなければならない――。
こうした騎士の精神が、彼を衝き動かすのだから。
そんなアレックスに、
――巫女サクラは、仲間の顔を過ぎらせていた。
行動力、決断力、胆力、戦闘能力、精神性、道徳性。
優れたそれらから、勇者アーサーと同様に見出すのであろう。
英雄の資質――。
そう呼べるものを。
ただその鑑識眼は、彼の交渉術を不安視もした。
主導権をこちら側に移せたのは大きい。
だが反面、非情になりきれない”甘さ”を露呈してしまった。
『人質を救う』頑な意志は、どうあっても犠牲を払えない真意の表れ。
これは相手の絶対的な安全性を保証するばかりか、ややもすると、より一層つけこまれ窮する恐れがある。
こうした点も読むサクラの一方で、
――給仕エリは、あんぐりと口を大きく開けていた。
目の当たりにしたまさかの光景。
指を切り落とす意味は汲み取れない。
けれども、何やら”自分を人質扱いしてくれる”態度は感じ取れた――。
驚きのなかに、嬉しさもあっただろうか。
そんなエリの真後ろで、
――尊師フランベンは、不愉快な顔で二の足を踏んでいた。
信念にひたむきだろうと、思わぬ事態は逡巡を余儀なくされる。
人質を使い、戦士とともにこの場を去る――。
本末転倒。愚行も甚だしい。
この行動方針を改めなくてはならない。
拾うしかない。
転がる戦士の指とともに、指輪を持ち去るほかないのだ。
ここに”指輪”を、盟主に託されたそれを置いてゆくなどできようはずがないっ――。
フランベンは、戦士への憎しみを募らせた。
そして、ギシギシと歯ぎしりをしながらに考え……選ぶ。
選択肢には『戦士自身に拾わせる』などもあったはずだ。
しかし。
フランベンは、『戦士を遠ざけ、自ら拾う』ことを望んだ。
――すべては、”使命への没入感”によってもたらされたものだろうか……。
ひとつに、今まで見えていなかった物事が影響する。
指輪を人質に取られてしまうのでないかという焦り。
指輪は今、切り離された物体としてある。
それは誰もが手にできる、危険な状態。
フランベンの目的が明確となるここには、男が毛嫌い懸念する存在の女、サクラ・ライブラがいる。
その巫女が何もせず指をくわえている――などと、フランベンは楽観視できない。
ひとつに、これ以上指輪を穢れさせてはならないという強烈な思い。
万人には理解し難いその感性では、熱心な信奉者である自身以外の者を指輪に触れさせるわけにはいかないようだ。
それを許してしまうようであれば、盟主に対する裏切り――背信行為だと尊師フランベンは恐れた。
――すなわち。
アレックスの行動は、図らずとも相手に冷静さを欠かせ、合理的な判断をさせなかった。
これは、巫女サクラにも読めていない。
エリは言わずもがな、尊師フランベンにも自覚はない。
さらには――。
こちらも誰も知り得ないままに、その変化が始まろうとしているのだが……。
「い……いいでしょうッッ。ソソソその申し出を受けて差し上げますっ。ならば、ならば、今すぐお前は離れなさいいい。そこからっ、直ちに離れるのですううううっ」
フランベンが命令する。
従うように、アレックスが後退る。
その様子を見て、フランベンは人質を抱えたまま足を踏み出す。
だが、三歩目を待たずして、その歩みを止めることになった。
地面に突き立てられた刀剣。
それを支えに、戦士が膝を折る。
「ナナナなんの真似ですっ。なんのつもりいいいですっ」
「……ぐっ」
苦しむのか。
うつむくそこからは、うめき声が漏れた。
「キミくん?」
一番近くのサクラが囁いて――すぐだった。
すくり。
何事もなかったのごとく、”アレックス”が立ち上がった。
否……。
――何事はあったと言うべきか。
なにぶん、指を一本失っているうえ、”指輪による支配”は解かれていたのだから。
「な!? なんだこれはあああああっ。えらく右手がズキズキするぞと思ったら、人差し指がないではないかあああああ」
アレクが、月夜の空に吠える。
そして。
鋭い目つきで、正面を向く――のであった。
モンスター辞典:「ラクビ~」
ミンミン蜂の親戚となるハチ種”ラクビ~”。
集団行動が得意で、女王ハチを前へ前へと運ぶ習性がある。
そうした習性を利用して、人間の子どもたちは「ラクビ~大会」をやる。
ここではルールを省くが、近年大陸各地で盛り上がる遊びで、大陸大会を催す声があがるほどにその熱は上昇している。
ただその影で、「どんぐりモグラ」の大会は数を減らしていた。




