11 もう一つのびじねす ①
奴隷商達が去って程なく――。
ぱんだ亭に残された形で居座っていたアレクのもとへ、ヨーコと客達が戻る。
酒場の人集りにエリの姿はなく、駆けつけた街を警護する自衛団員が加わるだけだった。
肩を落とすヨーコに常連客は励ましの声を掛け、自衛団員は走り去った奴隷商の馬車の行方を伝えた。
だが、みなの心は連れて行かれたエリがもう戻らないと理解していた。
ヨーコや客達がいくら束になっても、戦闘の手練れ集団である奴隷商に敵わないのは火を見るより明らかである。
生死を分かつものであれば尚更、修羅場を知る者と知らぬ者の差を歴然と表わす。
ならばと、ヨーコ達が日々訓練で身を鍛える自衛団に頼ることは難しい。自衛団の本分が街を警護することにあるからだ。
馬車を走らせ、自ら街の外へ去って行った脅威に対し積極的な対処を講じる必要性は乏しい。
くわえて奴隷商を追うとなれば、近隣の街や村へ出向く場合も想定される。
他所へ干渉してしまう行為を極力避けたいのが、街の一組織であるプジョーニ自衛団の意向だ。
ぱんだ亭に否応なく陰鬱な雰囲気が広がる。
しかしその中にあって、酒場のカウンター席、三枚の銀貨を手にする男だけは晴々しい表情で上顎の尖る犬歯をさらけ出すのだった。
「おい、ヨーコ。そろそろ俺にメシを出せ」
アレクの傲慢な催促が酒場に残る常連客達の神経を逆撫で、乱されたテーブルや椅子を正すヨーコの足をつかつかとカウンターへ運ばせる。
「何をカリカリしているのだ。小じわが増えるぞ」
「あんたが――っ」
バンっとカウンターテーブルを平手で打ち鳴し、ヨーコが飲み込んだ台詞は『役に立たないから』。
アレクがいつものように奴隷商相手に暴れてくれていたなら、エリが連れて行かれることもなかった。だから、あの奴隷商の髭男も自分ではなくアレクに固執した。
そう思ってしまうヨーコは、憤りの矛先をアレクへと向けてしまう。
彼女からしてみれば、目の前の男は自分の期待に応えられるだけの力を有していたのだ。
その苛立ちは余計に大きい。
けれどもそれは、単なる八つ当たりである。
自身が唇を噛みしめる理由は、店主である自分がエリを守れなかった不甲斐なさからくるものだと知るヨーコに、続く言葉を口にすることなどできなかった。
「いきなりテーブルを叩いて俺を驚かすんじゃない。いや待て。そんなにビックリはしてないからな俺は。ビビったとかでもないからな。アレだ。うるさかったと俺は言いたいのだ」
「……アレク。あの髭男の倍の四万、いいや五万払うわ。あんた、あいつらからエリーを奪い返して来ちゃくれないかい」
「今度はなんだ。いきなりなんの話をしている。相変わらず無駄におかしなヨーコだな」
「エリー奪還の話だよ……。アタイからあんたへ、報酬は銀貨五枚の依頼さね」
カウンターへ聞き耳を立てていた酒場の常連客一同が、なるほどと頷いた。
普段頭を下げたところで平然と突っぱね足蹴にするような男も金が絡めば動く。
そして、金が生きがいの男は剣術に秀でているわけでも魔法が使えるわけでもないが、とにかくデタラメに強い。
プジョーニ自衛団も手を焼くこの男の強さを持ってすれば、奴隷商だろうと恐るるに足らず。
ヨーコの機転に曇り模様の酒場が、見る見るうちに明るくなる。
「ほうほう。賢くて強い俺に依頼か。ケチんぼのヨーコにしては、報酬が銀貨五枚とはえらく太っ腹だな。最近のヨーコ腹を見るようだ」
「アタイは子供を授かった覚えなんてないけどね。それでどうだい、引き受けてくれるのかい」
「うむ。断る」