108 アレックス ①
パーンと消し去った。
誰が見てもそう思えた。
サクラが目を見張る。
さらには敵であるフランベンも、裏切られた光景に一時動きを止めるようであった。
「……記憶は相変わらずなので、根拠は説明できそうにもありませんが、自信通りにできたようです」
毒霧が一瞬にして晴れたそこで、アレックスがふうと息を吐く。
――やってのけた。
その手応えを表すように、身体はむろん無傷であった。
「チラっと見えたんだけど、さっきの霧吹き攻撃を……みじん切りにして防いだってこと!?」
「はい、炎を斬る要領でですね」
「キミくんってば、さらっととんでもな返答くれちゃってるぜ、べいび~。それを聞いて、”ああ、なるほどね~、そういうことかあ~”なーんて、納得できる人ってあんまりいないと思うよ、普通……」
”炎を斬る”。
なんとも馬鹿ばかしい話。
それでも、剣の妙技として理解の範疇ではあった。
仲間の剣士、勇者アーサーがそうであるように、似たような芸当をやれる人間をサクラは知っていたからだ。
「すみません。僕自身も、覚えていた感覚をこの戦いの中で気づけただけなので、なんとも……刃の起こす気流で斬るのがコツで、数回の斬撃に思念の斬撃をいくつものせて、その残影で斬り刻む……言葉にするとこんな具合でしょうか」
毒霧に対して、アレックスは刀剣で5回ほど斬りつけた。
刹那のそれだけでも、一流の剣技だと言えるのだが、さらなる剣技――、
――【剣気】を用いた技が、そこにはあった。
【剣気】。
わずかな瞬間、精神統一を経て生み出すことのできる超常的な力。
それを扱えるほどの鍛錬を積んだ剣士は、斬撃の思念を具現化できる。
高みに至るまで数多と振った”一太刀”。
その数々を、実体ある刀剣の一撃とともにアレックスは放つ。
ひと振りにつき、20あまりの思念の刃が具現化していた。
すなわち、100以上の斬撃が、瞬きをする間に繰り出されていたことになる。
どうやらこうした剣技を、アレックスの身体は覚えていたらしい。
そして。
記憶としては蘇ってはいないこの剣術は、アカイロシキブ流・武刀剣技に属した。
毒霧を消し去った技名は――『閃光剣術・烈式』。
「頑張って説明してくれたご厚意には感謝~なんだけど、専門外のウチにはちんぷんかんでした。すまんこって」
「いえ。僕のほうこそ、前もって伝えるべきだったかもですね……貴方をいたずらに動揺させてしまったようですから」
「ほんとだよ。ウチの心配を返してほしいかな~」
軽い足取りで近づくサクラ。
安堵の気持ちを素直に見せたくないのか。おどけてみせた。
すると、
――ヒュワン。
変化が起きた。
それは心情的な内面ではなく、誤魔化しようもない外面的な部分。
サクラの髪色が、赤から青へ。
膨らみを持つ髪は、萎縮するようにして元の髪型に戻る。
【神気】の効力が失せたようだ。
「僕としては、良いタイミングだったかもしれません。あとは任せてください」
「それはつまり、ウチの代わりに、キミくんがオイシイところをもらっちゃうぞ~、てことですかな?」
「ええと……」
ぽりぽり。
アレックスが困ったように頭を掻く。
それでも、お互いの意思の疎通は行えたようで。
「できれば、あの尊師、デメキンの男のほうは半殺しで生かしてくれると助かるかな」
「……善処します」
それだけ言い残すと、アレックスが前方へと向かう。
戦士の顔つきとなったその姿を、サクラは控えて見守る。
「まずは――」
月光の明かりに照らされる視界。
そこにアレックスが映すのは、10M(マーベル)ほど距離を置く大きなキメラの影。
そして、その後方に位置するローブの男フランベン。
毒霧を防いだアレックスの眼差しが癪に障るのだろう。
ぎぎぎ、と憎たらしそうに奥歯を噛み締めていた。
「その戦士としての力わあああっ。メメメ盟主メアリー様のためだけに捧げるべきものっ。にもかかわらず、にもかかわらず、その力で言葉通りに刃向かう愚行をおおお。どこまでもどこまでもっ、罪深き男おおおおぐぎいいいい」
発狂とも思える様子。
そのような状態のフランベンを尻目に、アレックスが駆ける。
刀剣の切っ先を下げた格好で夜風を切る走りは、迷いもなくキメラの巨躯へと向かった。
「ザザ――ザンスッッッ!!」
危害を察したキメラが防衛反応をとる。
まさに豪腕である『日暮れグマ』の一撃で、アレックスを迎え討つ。
――斬っ。
アレックスの頭上での一閃。
殴りつけてくるキメラの攻撃を刀剣で払うような斬撃であった。
四本ある腕のひとつが、切り落とされ地面に落ちる。
痛みを感じないのか。
キメラの胸元にある逆さ顔の表情が歪むことはない。
「いい武器だ」
サクラさえ苦労したキメラの硬さにも物ともしない切れ味。
自身が扱う刀剣の事実を体感したアレックスが、流れる動きのままさらに踏み出す。
――刃の鋭さを知る一太刀は、思念のそれに反映される。
そうして、瞬時であった。
アレックスは全身全霊で、高速の剣術を浴びせた。
上から下への真直ぐ。
返す刃での逆風。
左右の薙ぎ。
袈裟切り。
刺突――。
様々な太刀筋で繰り出された、十の斬撃。
さらに【剣気】を帯びる一太刀には、百の斬撃が加わる。
「お前を憐れんだりしない。それでも、これは僕なりの弔いだ」
原型を留めるわずかな間に、アレックスは告げた。
つう、つう、とキメラに無数の線が現れ始める。
それから、細かい肉片の塵となって崩れ去る。
――千を越える刃の閃光。
それをまともに受けたのだ。
いくら屈強で凶悪なキメラだろうと、あっけない最後ともなろう――――。




