107 名を隠す巫女、サクラ・ライブラ ⑤
「出裸九主っ。生体特技【穢れた緑の毒霧】ッッッ!!」
号令とともに、キメラが反応を見せた。
首に乗るイボイボの塊。
にゅるにゅると数本の管が伸びると、霧状の液体を噴射する。
――ブシュウウウウウウ。
辺り一面――とまではいかないまでも、人間二人を包み込むには十分な”範囲攻撃”。
「サクラさんっ――」
「うげげ!? なんか出した――」
アレックスが右。サクラが左へと素早く飛び退く。
――ジュシュワワワ~。
二人がいた場所からは白い蒸気。
石畳が溶けるようであった。
「なに゛、これ゛」
ツーンした異臭に、サクラが鼻をつまむ。
「もしがして……さっきの浴びてだら、ウチらがドロドロ~ってこと?」
「クヒヒ。いかにもですよ」
尊師フランベンが肯定する。
「九種の特性を持つ傑作キメラっ。その能力のひとつに過ぎませんが、ドクモネぎんちゃく・グレートの毒霧は浴びれば最後、骨の髄まで溶解してしまうことでしょううううう」
全身に触手を持つ、柔らかい無脊椎動物の『モリモネギンチャク』。
森で生息する彼らは、捕食のさい”毒霧”なる溶解液を噴射する。
そのなかでも、個体サイズも大きく毒性の強い種がキメラには配合させていた。
「さあ、このフランベンにいいっ、溶解液に侵され苦しみ悶えながら懺悔の声を聞かせなさいッッッ!!」
主の指示に、キメラの特殊攻撃が再開された。
――ブシュウウウウウウ。
「浴びなければ、どうということはない――んだけれどもっ」
――ブシュウウウウウウ。
毒霧がしつこくサクラ襲う。
「避けるしかないっていうのは、どうということはあるんだよね、これがっ」
素早い身のこなしは、サクラを毒霧から守る。
だが、それだけで手一杯であった。
毒霧はサクラを仕留めるに至たらずも、サクラを不用意に近づけさせない。
「どうしたもんかなあ……」
サクラが迷いを見せる。
毒霧を防げないこともない。
ただし、新たな【神気】のために”獣化を解く”ならば……の話であった。
「出裸九主っ」
フランベンの視線が移る。
「次はあちらの男に【穢れた緑の毒霧】だッッッ」
巫女サクラに対して優位性を示した攻撃。
その矛先が変わるようだが。
――サクラがハッとなる。
「ちょっとキミくん!?」
溶ける石畳を挟んだ向こう側。
姿勢を正し、剣を構え直すアレックスの姿が視界にあった。
サクラは危惧した。
それは避けるものではなく、立ち向かおうとする態度だからだ。
「サクラさん。大丈夫です」
力強さを宿した瞳。
その視線を向けることはなかったが、アレックスが落ち着いた様子で言う。
「キミくんがどんなに平然と言っても、どう見たって大丈夫じゃ済みそうにもない霧吹き攻撃だからっ」
「……避けてばかりでは、いずれ追い詰められてしまうかもしれません。なので、ここは攻めに転じて勝機をつかむべきだと判断しました」
「いーやいやや。根拠のない自信で活路を開くぜ系男子に、ウチはときめかない女子だからっ。変な気を起こしちゃダメだってっ」
毒霧に真っ向から挑もうとするらしい戦士の相方。
それを、サクラなりの言い分で制止しようとした――時だった。
――ブシュウウウウウウ。
正面から広がり迫りくる毒霧。
避ける気配もないままに、アレックスが飲み込まれる。
「キミくん――っ」
駆け出したが、もう遅い。
サクラは叫ぶことしかできなかった……。
モンスター辞典:「キメラ」
古くは1000年前にその存在が確認されている。
ただし古代キメラは、現在のキメラのような人為的創造生物体ではなく、”キメラ種”として神の創造物とされている。
その古代キメラ種においては、約400年前から確認されていない。




