106 名を隠す巫女、サクラ・ライブラ ④
魔族を対象としたものであるが、冒険者ギルドの指標にはこうある。
①『通常域』:一般的なモンスター級の脅威。
②『対処域』:注意と用心が必要な脅威。
③『危険域』:可能なら積極的に避けるべき脅威。
④『絶望域』:魔王級の脅威なので、潔く諦めましょう。
赤髪赤目と、巫女サクラは【その奇跡は獣と化す】を使用する。
その戦闘能力は、③の『危険域』の脅威にも通用するものだろう。
だが――。
「ちょっとお~、おたくさん、キモいだけじゃなくて、反則級に硬すぎるんですけれど~」
シュタン、シュタンと後転を繰り返せば、巫女サクラが距離を取る相手に愚痴をこぼす。
全力の打撃とひかっき……だったはずだが。
――ダメージらしきものを与えた気になれない。
そう感じるほどに、キメラの大男はピンピンしている。
だからこそ、そばでは尊師フランベンが優越感に浸るだろうか。
「私のキメラ28号出裸九主。じいいいいいいつに、実に素晴らしい!」
「ザザ……ザンス」
キメラの胸。
にゅろんと伸びた口ひげを持つ逆さ顔が応じた。
「クヒヒ。日暮れグマ、虎刈りタイガー、ゴリラッパーの攻撃力と耐久性。そればかりか、ハエはえ~マンやトカゲマンの俊敏性と知覚能力をも併せ持つのですから、言うに及ばず当然であり必然でしょう――」
フランベンは、のぞむ向こうへいやらしく投げかける。
「よって、自身の不甲斐なさに、何も悲観する必要はないのですよ、サクラ・ライブラ」
「なるほどね~。凶悪モンスターのいいところ取りしたキメラって、自慢したいわけだ」
相手の皮肉に冷やかすような態度のサクラ。
しかしながら、胸の内はざわつく。
月たる鵺の力なのか、フランベンの力なのか。
――サクラの知る限り、”五種以上の掛け合わせ”によるキメラの成功例はない。
それを否定するキメラが今、目の前にいる。
禁忌中の禁忌……人間をコアにすることで、おそらく創造可能だったらしいそれを含め、とにかくは好ましくない驚きであった。
そして、苦戦を強いられてはいないものの、大きな障害になっている現状も否めない。
「どっかの武闘家みたく、ウチにも必殺技とかあったらなあ……と、ないものねだりをしてみても仕方がないので、お隣の剣士くんへ相談してみるサクラちゃんであった――なんだけど?」
サクラが隣を見やると、何やら不機嫌そうな横顔が。
「キミくん、どうかしたのかい? 怖い顔して」
「その優れた特性を集めて……いいや、そうするためだけに、人間すら……そのおぞましいモノを創り上げた……」
戦士は見据える前へと踏み出す。
手にする刃の切っ先をかざして。
「はっきり言うよ。さっきから僕は、お前に吐き気をもよおしてるっ」
「何かと思えば。だからどうしたというくだらなさですね」
「くだらない……それでもいいさ。狂人相手に話が通じないのは知っている。だから、僕はこうして剣を向けている。お前を許しておくわけにはいかない。そう、心に固く誓ながら、それが僕の役目だと覚悟を決めながら」
義憤がアレックスの身体を熱くさせる。
その熱に、フランベンが震える。
ただしそれは怯えからくるものなどではない。
同じく荒ぶる感情からだ。
「ああ、なんたることでしょう。事もあろうに不浄の者がっ、このフランベンを、盟主の敬啓な信者を裁こうとなどと世迷い言をっ。コココこれはいけませんっ。断じていけませんよおおお。許し難きことですっ」
わなわなとこみ上げてくる怒り。
「ならば、ならばいいでしょうっ。直ちにいいい、その罪深さを後悔させてさああしあげええましょうっ」
目の玉を剥き出しに、フランベンの手が突き出される。
――恐怖におののけとばかりに。
標的となる戦士。
そして、巫女に向けて――。




