100 月たる鵺、フランベン ①
――盟主メアリー・ヌー。
人心を集める彼女を、信奉者らは畏敬の念を抱きこうも囁く。
未来を見通せる聖女。
もしくは、千年の時を生きる魔女――と。
聖女であり魔女である彼女は、世界の救いを謳う。
その彼女を盟主と仰ぐ組織がある。
眠りにつく太陽の姿を、夜空の鏡に映したとされる――”月”。
何者でもあって何者でもないとされる――”鵺”。
この二つの言葉を用い、
――教団名は『月たる鵺』とつけられた。
外部の者からすると、得体の知れない『月たる鵺』。
そこに属する者は、数百人とも数千人とも言われている。
また、暗躍の域を出ない教団の活動は表沙汰になることはなく、盟主を始めとした信奉者らが何を求め、何を目的にしているのかなど不明、不可解な点も多い。
――すなわちその実態、その勢力は不確かだった。
しかしながら、教団の息が掛かる貴族や領主の有力者などの存在から、現行の社会に影響力を持つ組織と言えよう。
そうした『月たる鵺』の教団員の姿が、プジョーニの街にあった。
黒や紫の色を基調としたローブで全身を覆う出で立ち。
素性を隠す彼らは、密かな使命を帯びて訪れていた。
――教団の役に立つ、強力な人材の確保。
かいつまむと、優秀な人物を”教団へ勧誘する任務”である。
ただし、盟主の力を用いる今回は、勧誘とは名ばかりのもの。
なにしろ奴隷を越える強要性をもって、教団へ奉仕させるのだから。
――『支配する世我の夢宝石』。
赤色や黒色が渦巻く宝石に、凝った金細工。
この”魔法具の指輪”をハメる者は自我を失い、ただひたすら教団の意志に従うだけの人間となる。
――その傀儡となるに相応しい人物がこの街にいた。
教団が目星をつけたのは、ウルクともアレクとも呼ばれ、この一帯で悪名高い戦士。
金にがめついなど人格に問題がある男のようだが、支配してしまえばそれも関係ない。
あえて言うのなら、人望がないところも都合が良いのかもしれないがしかし。
むしろ重要なのは、自衛団でも歯が立たないという実力、手荒い奴隷商達を難なく駆逐した経歴――といった”戦闘能力の高さ”のほうであった。
――ゆえに数日前、教団員は戦士と接触した。
そうしてあとは、盟主から賜った”魔法具の指輪”を指につけさせるだけ。
実力行使では骨が折れる相手だ。
しかしそれも、言葉巧みに『この指輪落としませんでしたか?』や『あなたは選ばれました。この幸運の指輪を差し上げます』と与えてやるだけで良いはず。
――おそらくは男の性格も幸いするだろう、誰にでもできる簡単な仕事だった。
ところが……。




