10 ガンスでざんす ④
「ソルジャーアレク。ワタクシとの話がまだ途中ではなかったざんすかね」
「なんだ、ザンス男はまだ居たのか。俺はしつこいヤツはぶっ飛ばしたくなる男だぞ」
「そうおっしゃらずにソルジャーアレク。時間は取らせないざんす。いいや、どちらかと言えば、強く、そして賢い貴方だからこそ、ワタクシは話をするざんす。本当に優れた戦士は食事を待つささやかな間にも、思慮深く物事を考えているものざんしょ。だからこそざんす」
「……まどろっこしくてよくわからんが、賢い俺はメシが出て来るまでの暇つぶしに、ザンスの相手をしてやらんでもない。話を聞いてやる。とっとと話せ」
「流石はワタクシが一目置くソルジャーアレク。器が大きい男ざんす」
「ちょいとアレク、そいつの話なんて聞く必要なんてないさね。こいつらは奴隷商なんだよっ。エリを連れ去ろうとした連中なんだよっ。あんたらもいつまでアタイの店に居座る気だいっ、早く出て行きなっ」
アレクへ話を持ちかけるガンスの様子を見て、ヨーコがまくし立てる。
だがしかし、ガンスの部下の男達に追いやられてしまうばかりか、側に居たエリとも引き離されてしまう。
やれやれと肩を竦めるガンスが、カウンターに座るアレクの隣へ。
椅子に座ることはせず、代わりにカウンターテーブルの上に銀貨を二枚置く。
アレクは銀貨へ目もくれず、ガンスの細く伸びた口髭を観察していた。
「おい、髭ザンス。お前はクサコをここからさらおうとしていたのか」
「いえいえまさか。そこの娘はソルジャーアレクに一万ルネの負債を持つ娘。そんなことをすれば支払われるはずだったルネが、貴方の手元へ入らなくなるざんす。ワタクシは強くて尊大なソルジャーアレクを貶めるような愚かなことはしないざんす」
「うむ、そうだな。俺のクサコを勝手にさらおうとするヤツなど愚か者だな」
「そうざんす。賢いソルジャーアレクが愚か者など相手にする必要などないざんす。あの女店主などがまさにいい見本。商売人のようで、まるでビジネスを理解していない愚か者ざんす」
「おい、髭ザンス」
アレクの視線がガンスを突き刺す。
鋭い眼光を受け、女店主をダシにしたのはマズかったかと、ガンスは紫色のスーツの下で冷や汗を掻く――。
「”びじねす”とはなんだ。強いのか」
「……流石は一流の戦士ともなると、ワタクシにはない見識と理解をお持ちのようで」
コホン、と咳払いが一つ。
「ソルジャーアレクがおっしゃるように、ビジネスとはまさに”強さ”がキモ。ビジネスとは貴方のような偉大な戦士に相応しい商談、いいや、商談と言う名の一つの戦いと言っていいざんしょ。お互いの利益を賭けた戦いは、もはや強き者のみが生き残れる戦ざんす」
「ぬーん。相変わらず髭ザンスの話はわかりづらいな。戦などと面倒そうなものなら俺は聞かんぞ」
「面倒は何もないざんす。ソルジャーアレクなら尚の事、戦いの勝利者こそが金品を手にするべき道理は、言わずとも分かるざんすよね。勝者は勝利の証として古来より金を手にするものざんす」
「それはわかる話だ。だから俺のような強者は掴むべくして金を掴んでいる。おまけに人間にしかない強さの価値らしいからな」
「その通りざんす。貴方には金と勝利がこそが相応しい。その手に大陸中の金銀財宝を収めるべくして存在する男に違いないざんす」
ガンスのあからさまなおだてに、いつも以上に胸を張り大仰にうむうむと頷くアレクは、あからさまな気分の良い態度だった。
「だからざんす。ワタクシが置いたこの銀貨も、かの英雄王ルネスブルグに勝るとも劣らない貴方の手に収めて頂くべきものざんす」
「そうかそうか。この銀貨はなんだと思っていたが、髭ザンスは俺に金を差し出したかったのだな。うむ。そこまで言うのなら、この二万ルネは受け取ってやろうではないか」
魔晶ランプで煌々と照らされる酒場。
アレクが手を伸ばすカウンターテーブルの銀貨はてかり、ガンスの瞳も光る。
「交渉成立ざんすね。では、そこの娘は、ワタクシどもが引き受けるざんす」
「ぬ? 待て待て、髭ザンス。どうしていきなりクサコが登場してきた」
「絶対勝者のソルジャーアレク。貴方とワタクシは今、二万ルネ分の銀貨二枚と一万ルネの娘を天秤に掛け、ビジネスを行ったざんす。ビジネスでの強者、つまり勝利者はより多くの金を手にした者。当然、勝者であるソルジャーアレクは重たき皿の物を手にし、敗者であるワタクシは損失を請け負わなければならないざんす」
疑念を抱かせる隙を与えまいとしたのだろう。
ガンスの口はアレクが勝者であることを強調した。
これが功を奏したのか。アレクから思考する素振りはうかがえない。
うかがえるのは、その口数の多さゆえ生き物のように動く、にょぱぱと伸びる口髭に心奪われている様子のそれだけであった。
「勝者であるソルジャーアレクには銀貨を。敗者であるワタクシは娘を。これがビジネスの勝敗ざんす。流石は勝利の女神に愛されたソルジャーアレク。勝利の証である銀貨を自ら掴み取りその手に収めたざんす」
「つまり、俺が銀貨を手にする代わりに、髭ザンスがクサコを連れて行くということか」
「少々違うざんす。いやいや全く以って違うざんす。ワタクシは無理にでも一万ルネの娘を請け負わなくても良いざんす。しかしその場合、本意ではなくとも勝者であり続けなければならないソルジャーアレクに、敗者の泥を被せてしまうことになるざんす」
「どうしてそうなる」
「ビジネスでは金額が多い方が勝者ざんす。つまり、二万ルネは勝者の金額、一万ルネは敗者の金額になるざんす。ワタクシはすべての戦いでソルジャーアレクは覇者であるべきと考えるざんす。手っ取り早く言えば、ソルジャーアレクに損をさせたくないざんす。娘を手放さなければ大損も大損。大赤字ざんす」
ガンスは畳み掛けるように喋る裏で、部下にエリを連れて行くよう指示を出した。
ガンスの後ろでは、またもやエリがブショウ髭面の男から引きずられ、ヨーコが連れて行かせまいと奮闘した。
それでもやはり、華奢な女達の力では屈強な男達に抗えず、見るに耐えない客からの助けも奴隷商の荒くれ者達が手にする鋭利な刃物の前では無力だった。
「うう、ヨーコさああん、ヨーコさああんっ」
「エリーっ。いいのかいアレクっ。エリーが連れて行かれちまうよっ」
ヨーコがアレクの背中に訴えた。無駄だろうと分かってはいても、今ここで頼れる者が他にはいない。
カウンター席で佇むアレクがゆるりと振り返る。
それと同時に紫色のスーツの影もヨーコに応えた。
「そこの女店主は店の給仕がいなくなる損失を負いたくない為だけに、ソルジャーアレクを敗者の道へ引きずり込もうとしている愚か者。自分の都合のみで人様の利益を阻害しようとするなんとも厚かましい女。ビジネスのビの字も知らないエセ商人。ただの馬鹿で間抜けでどうしようもない女。ソルジャーアレクがこんな女の話に耳を貸す必要はないざんす」
「わかるぞ。ヨーコは自分が馬鹿のくせに俺をどこか馬鹿扱いしているからな。うむ、髭ザンスの言う通りだ。だあはははっ」
二人の会話をすべて聞くまでもなく、ヨーコは外の闇へ姿を消すエリを追っていた。
店の客達も次々にその後を追いかけた。
それを見送るガンスが、口髭を摘む手を懐へ運ぶ。
既にアレクへ渡してある銀貨とは別の銀貨一枚が取り出された。
そしてその際、ガンスは自身の指にハマる指輪をさり気なく確認するようだった。
「では、ワタクシもここからお暇するざんす。流石は名のあるソルジャーアレク。いいビジネスでしたざんすよ」
「そうか。なんか俺も悪い気はしていないぞ。それで、今度の銀貨はなんだ」
アレクへ渡された一枚の銀貨は、口止め料としての意味合いが見て取れた。
ガンスにとって奴隷商が奴隷の回収に取引きをした事実は、”メンツ”の点で今後の商いの不利益になり兼ねない。
アルクにむやみやたらと話を広めてもらっては困るのだろう。
「言わずもがな、と思うワタクシざんすが、敢えて理由を欲するソルジャーアレクの気持ちも分かるざんす」
みゅろんと伸ばす口ひげが撫でられる。
「そうざんすね。ビジネスとは戦い。戦いにおいて敗者が貴方のような勝者の寛大さに触れ、感服し敬意を表わすなど、ままある事ざんしょ。その銀貨はそのようなものだと思って頂けるとよろしいざんす」
こうしてウーシーカンパニーを名乗る奴隷商のガンスは、自分の世辞で満足気なアレクを尻目に閑散となるぱんだ亭を去るのであった。
大陸辞典:「断罪・修羅朱々珠」
古くより伝わる幻想級の武器。
一般的に幻想級は神殺しをも可能とする六合級より劣るとされているが、「一牢罰刀」との併用にてその概念を変えるほどの力を発揮する。