2ー12「仮面舞踏会の始まり」
「ミカゲ、もう戻ってたのか。」
「・・・はい〜。予定してた用事が無くなってしまいまして、でも〜聞き込みはちゃんとしましたよ〜。」
サツキより先に宿に戻っていたミカゲは窓にもたれかかり、考え込むような表情で答える。悩んでいる女性には事情をそれとなく聞く配慮が必要なのかもしれないが、皐月にそんな器量はない。
「お!みんなもう戻ってたんだねえ。」
皐月がミカゲに気の利いた声をかける間もなく成海が来るとそのすぐ後にリル、メリも現れた。
月明かりが眩しいくらいに部屋を照らす。
話し合うには良い夜だ。
それぞれの用事を終えてひと休憩した後、早速皆で情報共有を行った。
「そんな感じで昨日ナルミンに聞いたような変な女の子とぶつかったの。」
リルは昼間にあった事を事細かに説明した。
「その話を聞く限り街全体がおかしそうだな。俺もさっき話した通り子供達から変な話を聞いたし。成海、何か気づいてることあるか?」
「街全体かあ。そこらの情報についてはさ、不自然なくらい入ってこないんだよねえ。ここは商業都市だしかなり人の入れ替わりがあるから。昔からの慣習に縛られてるとか、暗黙の了解とかは共有できないと思う。」
リルの話は確かに成海の言う噂話と関連がありそうだ。しかしそれ以上の情報は特になく、整合性もとれない。
「姉ちゃんの話を聞くに、考えられるのは魔法の線だけど。こんな大規模な魔法、しかも長期間使えるやつなんていないよな。」
「私も聞いたことないですね〜。魔法の線もないんじゃないですか〜?」
可能か不可能か存在するかしないか、魔法が存在するこの世界じゃなんでもありな気がするが、依然話は堂々巡りだ。
「まあまあ、明日が本命じゃん?焦らずいこーよ。・・・それよりも!ナルミンから嬉しいお知らせがありまーす。なんと、ちょっとお偉い知り合いがパーティーのスタッフを探してましてえ。いわゆる給仕係として残りのみんなも潜入できちゃうよー!」
パチパチパチと成海の拍手が部屋の中に響き渡る。
「ナルミンはやっぱりすごい人ね!これで私達も情報が聞けるじゃない。」
「姉ちゃんは余計な事すんなよ。まあ、みんないた方が俺も安心だけどさ。」
成海に続いてリルも拍手をしながら喜んでいる。そんなリルを不安気に見ながらメリはため息をついた。
「給仕の仕事って具体的には何するんだ?」
「んーとね。普通に料理運んだり片付けたりって感じで大丈夫だよ。でも、客にはあまり話しかけない方がいいと思うな。給仕係は平民で招待客は貴族や大商会の代表がほとんどだから話しかけられるとトラブる可能性が高いんだよねえ。」
「耳を澄ませる情報収集を中心にしなきゃですね〜。」
皐月はパーティ会場でのバイトなら経験がある。意外と色々な話が耳に入ってくるものだ。
それは客からだけではなく・・・
「逆に同じ給仕係から得られる情報も多いかもな。」
「ツッキー、いい着眼点だねえ。そゆことそゆこと。存分に聞いてきちゃってね。」
「そうと決まれば早速作戦会議ね!」
リルの興奮冷めやらぬまま、明日のパーティ会場での立ち回りについて入念な会議が開始された。
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「・・・っあ〜〜!やっぱり何回着ても慣れねえ。カツラ重いし、服はスースーするし、重いし。歩きにくいし。」
宿でメリの装いを女子3人が入念に仕立て上げる。メリは大人しくしながらも常に文句を垂れ流していた。
「ちょっと!動かないでよ。お化粧が変になっちゃうでしょ。」
今回はコンテストの時と違い成海が衣装屋とのツテで借りてきたという豪華なドレスを身に纏っている。その分重く動きにくいようだ。しかし品がいいだけあって上品さが格段に違う。
「さあてと、かんせーい!!ふむふむ、これはヤバいんじゃない?溢れ出る美人さが仮面をしててもおさえられないんじゃない?」
「ナルミンさんのお化粧の腕、中々のものですね〜。」
「ふふっ。そうでしょお?色んなバイト経験の賜物ってやつだね。そんじゃ、早速会場に向かおっか!意外と時間ないんよ。ツッキー達は会場準備もあるしさ。給仕担当の知り合いに紹介もしなきゃだしね。」
「それもそうね。行きましょう!」
パーティの開始まで充分時間はあるがそれまでに給仕の仕事内容もしっかり把握しなければならない。せっかくの時間を無駄にしないためにも会場の造りや雰囲気を掴んで立ち回りを考えておく必要がある。早めに動いて損は無い。
宿の前には豪華とは行かないまでも立派な馬車がとまっていた。
「さてとちょっと狭いけど皆これに乗って。リルルンとミカッチとツッキーは途中の裏門で降ろすね。そんで正門からメリリーと入場して受付を済ませたら迎えに行くから待ってて!」
全員が馬車に乗り込むとゆっくりと走り出す。内側にかかるカーテンの隙間から少し外を覗くとまだお祭りの装飾が煌めく街道が見える。
仮面祭はまだ始まったばかりだ、祭りが終わっても暫くは商魂逞しい商人たちが屋台をやっている事が多いらしい。
「10分くらいで行けると思うから待っててねん」
30分程かけて宿からも見えていた、この街で1番大きな建物の前についた。ここが今夜、仮面舞踏会が開催される領主の屋敷だ。風貌はRPGに出てくるような城に近い。予定通り皐月とリル、ミカゲはここで降り、成海が来るのを待つ事になった。裏門は表とは違い装飾や人通りは薄く、落ち着いた雰囲気を放っている。
「結構賑やかな所ばかりにいましたから、なんだかこういう所は落ち着きますね〜。」
「たしかにそうね。どこもかしこも人だらけだったもの。」
ミカゲは壁にもたれ掛かりながらため息をついて伸びをした。情報収集のため必然的に賑やかな場所にいる事が多かったから、余計に静けさが心地いい。
暫く3人で祭りで見たものや食べ物について雑談を交わしていると、10分程で裏口から成海が現れた。
「お待たせえ3人とも!こっちこっち、ここから入ってどうぞ。さてと貴族様方の入場に手間取ってるらしくて人員が足りないからさ、業務説明はナルミンがするね。」
中に入ると成海が手際よく3人に制服や備品を振り分けてくれた。各々素早く着替えて集合する。仮面舞踏会ではもちろん従業員も仮面をつける。スタッフの区別がつくように仮面は全員お揃いだ。女子2人はメイドの様な制服を着て黒の仮面を付けて現れた。仮面を付けていてもスタイルや雰囲気から可愛いのがわかる。成海が頷きながら2人の全身を眺めていた。
「うんうん。やっぱ2人とも何着ても似合うねえ。あ、ツッキーもそこそこ様になってるよ?」
「この服普通に動きやすくていいわ!」
「それはどうも。で?どうすればいい。」
成海の言葉をうけてリルが嬉しそうに一回転している。皐月は取って付けたような自分へのコメントを軽く流すと成海に業務の説明を求めた。
「そうだそうだ。説明しなきゃねえ。」
成海は喋りながら長い廊下を足早に移動し始める。
「とりあえずう、ツッキー達はホール担当だからそこに移動ね。んで、ツッキーは早速料理運んだり飲み物提供して来て欲しいな。その間にリルルンとミカっちに基礎的なことを教えてくる!終わったらメリリー迎えに行くから暫く私はココにいないから気をつけてねん。」
「分かった。厨房の場所と動線教えてくれたら周りに合わせて動いておく。」
皐月は成海から軽く場所の案内をうけると早速3人から離れて動き回ることにした。
こういう時くらい役に立たないとリル達に申し訳がたたない。
皐月は飲み物を載せたトレーを片手に持ち、慣れた様子で会場内を歩き回る。
これは皐月が単発バイトで身につけたスキルだ。
会場内の参加者達も怪しむこと無くトレーから飲み物を取っていく。合間合間に聞こえてくる会話は知らない誰かの噂話ばかりだ。
小一時間くらいホール内をうろついているとメリを連れた成海が会場に戻ってきた。
「いたいたツッキー!いやあ皆仮面してるからまーじで見つけるの大変だよお。」
「成海、おかえり。メリも準備バッチリだな。」
成海は先程までとは違うフォーマルな装いで、お嬢様の付き人という雰囲気をうまく出している。メリはそこにいるだけで気品溢れるオーラが出ていて舞踏会に相応しい出で立ちだ。不機嫌そうな様子もまたお嬢様感を演出している。
「ここまでやったんだ。タダじゃかえれねーぜ。領主様ってのはいつ出てくるんだ?」
メリはため息をつきながら落ち着かない様子でキョロキョロしている。
入ってきたはいいものの特典についてなんの説明もされなかったらしい。どういう流れで領主様とやらに会えるのかまだ誰もわからない。
暫く3人で話していると会場がパッと暗くなった。
「ーー紳士淑女の皆様方。お待たせ致しました。今年も無事開催できたことに多大なる感謝を申し上げます。只今より仮面舞踏会、開始でございます!!」
仮面をつけた司会者が階段上でスポットライトを浴びながらそう宣言すると会場は一瞬の静寂を挟み、盛大な拍手で盛りあがった。
オーケストラも演奏を初め、本格的なパーティの始まりを告げる。
「さぁ、私らにとったら勝負のマスカレード。ツッキー、メリリー気合いいれてくよ!」