2ー8「舞台の上で」
「ああー!最悪最悪最悪!」
金髪の長い髪をなびかせながら碧眼の美女がそう叫ぶ。その美女は王女様のように気品に溢れた顔立ちに似合わず足を思い切り開いて不貞腐れながら椅子に座っていた。
「ちょっとメリ!はしたないじゃない、女の子らしい仕草をして!」
「ここではいいだろ!」
リルの手によって女装を完了したメリと支度途中のリルが何やら言い争っている。
やはりイケメンが女装をすると美女になるのか。皐月は思わずメリの姿をまじまじと見つめてしまう。成海もメリを見つめて「ふおお、美っ少女だなあー」と感嘆のため息を漏らした。一方同じく成海により女装を完了した皐月の格好はというと、前髪や長い髪で顔や骨格を少しカバーしてもらったが・・・見るに堪えないごつい女装の出来上がりという感じだった。目の周りを覆い隠す仮面をしてみてもとても誤魔化しはきいていない。
「鏡に映る自分見て吐きそうなのは初めてだ・・・。」
「えー、ツッキー大丈夫だよ。かわ・・・っフフっ・・・かわいっ・・・フ・・・かわいいよお。」
成海が笑いながら皐月を見て言う。フォローするつもりは最初からないのだろう。悪意しか感じられない顔で笑っている。皐月がジトっとした目で睨むと口を尖らせふいっとそっぽを向いた。
「大丈夫よ、サツキ。可愛いわ、本当よ!」
「あ、あぁ・・・どうも。」
成海とは違いリルは純粋な目をしてそう言ってくる。これは言い返しづらい。
こういう時真っ先に馬鹿にしてきそうなメリは、その余裕がないらしくソワソワしながら鏡をチラチラ見たりドレスの裾をパタパタさせたりしている。
「もうすぐ控え室の方に移動するけどみんな準備はいいかなあ?」
成海が時計を見ながらみんなに視線で控え室への移動を促した。
「ええ、大丈夫よ。」
「大丈夫ですよ~行きましょう~。」
「・・・」
女子達はノリノリで椅子から立ち上がり成海の後に続くように歩き始めた。
メリと皐月は暗い表情を浮かべ重い腰を上げて控え室の入口へと続く廊下に出る。
廊下に出ると他の参加者達がゾロゾロ歩いて控え室に向かっていた。仮面をしていてもわかる、流石に美人揃いだ。皆が皆品定めをするように周りの女の子を見回している。先程から皐月を見ては鼻で笑っている人がいるのは気がかりだが気にしない。のが正解だろう。
「皆さんそろそろコンテストが開始されます。会場舞台裏でのスタンバイおな願いします!」
控え室に入るとすぐに進行役のヴァレリオが来て出場者全員に声をかけた。その後こちらを見てペコっと会釈をしてくれたのが見える。5人出場することを伝えた時ヴァレリオはありがとう、本当にありがとう!と心底安心した表情で感謝を述べてきた。毎年盛り上がるコンテストだが今回は微妙に人が少なくて困っていたのだそうだ。
エントリー順なので自分達の順番は最後の方だ。少ないと言っても30人程の出場者がいる。出番が回ってくるのはもう少し先になるだろう。
暫くするとヴァレリオのMCが聞こえ歓声が上がる。始まったようだ。舞台の裾の方に待機してはいるが舞台で何をしているのかは全く見えない。歓声と音楽やMCの声が聞こえてきて、そこから情報を把握できるのみだ。
「やあっぱ例年通り盛り上がってるねえ。仮面つけててもオーラ溢れる美人揃いだし。勝てるかなあこれ不安になってきた。」
「確かに凄い盛り上がりね、でもきっと大丈夫。」
「姉ちゃんはどこからそんな自信がくんだよ。」
「・・・まぁ。いざとなればあれだし。大丈夫だと思っているわ。」
「なんか怖いんだけど。リル、一体何を・・・」
リルは不安気にステージから漏れてくる光を見ている成海に自信満々な態度でそう言い放つ。それに対し呆れ半分にメリが突っ込むと何やら不穏な返答が返ってきた。皐月は少々不安になる。リルは一体何をするつもりなのか。リルの事だから突拍子もない事の可能性がある。
「それは秘密よ。」
口の前で人差し指をバッテンさせウインクをしながらリルが言う。とてつもなく可愛いから困る。
「そ、そうか。変な事しなきゃそれでいいけど。」
「姉ちゃんが無茶苦茶しないためにも頑張ろうぜ・・・」
「そうですね~、頑張りましょ~。」
思いがけず全員の士気が上がる。
そうこうしている内にうちの1番手、成海の番が来た。
「んじゃあ。いってきまーす。成海ちゃん頑張ってきちゃいまあす。」
成海は軽く伸びをするとこちらにヒラヒラと手を振ってステージへの階段へと向かっていった。
成海がステージに出ると歓声とともに成海の名前を呼ぶ声がチラホラと聞こえる。これが成海がここで頑張って2年過ごした証だとそう感じた。音楽がなり、踊っているのか先程より大きな歓声ととも手拍子が聞こえ始めた。成海は大学でもダンス部で活躍していた。その腕前はここでも結構な評価を得ているらしい。
終わった人は反対側の控え室へ行くため成海は終わってもこちら側へは戻ってこない。そのままリルが呼ばれステージに向かう。楽しそうだ。
「楽しんでくるわね。」
リルの後はミカゲ、次にメリそして最後に皐月の順番だ。
リルがステージに向かうとミカゲがため息をついてソワソワし始めた。
「どうしたミカゲ?」
「私、大勢の人の前に立ったことがなくて~。仮面をしているとはいえ、さっきまではなんでもなかったんですけど急に怖くなってしまいました~。」
「あー・・・そうだよな。俺も正直緊張してる。人の目ってどうしても怖いもんな。」
「そ、そうなんですよ~。見られてると思うと心臓がバクバクして止まらなくなってしまいます~。」
「俺の場合はこういう時見てる人達を好きな動物とか食べ物だと思ってステージに立つんだ。想像力との勝負だけど多少は気にならなくなるよ。」
「へえ~。変わった方法ですね~。でも、試してみます~。あ、リルちゃんが凄い盛り上がってますね~もう少しで終わりそうです~。」
ミカゲは呼ばれるとニコニコしながらあっさりと舞台に出ていった。
「憂鬱以外の何物でもないぜ。」
その姿を見送りながらメリがため息をつく。
「まあ・・・そうだな。」
「さっさと終わらせて美味いもんいっぱい食べようぜ。ミカゲさんもそろそろ終わりそうだし行くかな。」
「お互い頑張ろう。」
「おう!」
メリが呼ばれて行くと皐月は広い控え室に1人だ。今になって緊張を自覚する。それにしても自分はこんな所で一体何をしているのか。冷静に考えればおかしな夢を見ているみたいだ。夢みたいだからこそ出来ていることでもあるが。
「あの!最後の方出る番なので準備して頂けませんか!」
色々考え事をしているといつの間にかメリの番が終わったようだ。声をかけられて気づいた。メリの番は随分静かだったような気がする。
運営の女の人に押され半ば強制的にステージに出た。ステージ上の光が眩しい。
「・・・!」
思っていたより観客の量が多く心の臓が跳ね上がるのを感じた。ミカゲにアドバイスなんて偉そうにしたが自分が空気に飲まれて緊張しているようじゃざまあない。
「さあ!1番最後はこちらのお嬢さんです。サツキ・アイデルテ!遠い村から行商のためお越しくださいました。」
その場に立ち尽くしているとヴァレリオがざっとした紹介をノリよくしてくれる。リルが適当に登録してくれた名前だ。下の名前は変えなかったようだ。
「うっわあ、ぶっさいくだなあ。ぼっぼさだし体格でけえ。」
一番前の観客の男性がこちらを指差して笑いながらそういう。それを皮切りに観客席から笑いごえと馬鹿にする声がざわざわと聞こえ出す。自分でも自分の格好ヤバいと思ってるから当たり前の反応だとは思うが、なんだか腹が立つ。特に自分も人のこと言えないであろうおじさんに言われるのが腹立つ。
「皆さんお静かに願います!さあサツキ嬢お願いします!」
ヴァレリオがその場を収めようと強引に進める。
特技なら基本なんでもいいらしいが舞踏会への切符を手にする舞台と言う事で披露するのは暗黙の了解で踊りらしい。
踊りは音楽に合わせて好きなようにと言われたが踊ったことがあまりないのでよくわからない。とにかくステップ的なの踏んでおこう。
「・・・わっ!」
音がなって適当に踏み出す1歩目にドレスで足をとられ大転倒した。しかも長いスカートがもつれカツラが顔にかかり前が見えない。それを見て会場がまた爆笑の渦にのまれる。それをまたヴァレリオが一生懸命諌めてくれているのが申し訳ない。
・・・ガタンっっ
もつれた髪をあげて立ち上がろうとした時目の前に何かが投げ込まれた。嫌がらせで何か投げつけられたのかと思ったが、そうではないようだ。
「ぎ・・・たー?」
そっとそれを手に取りよく見るとそれは元の世界でよく見慣れたアコースティックギターだった。
「弾けってことか・・・?」
チラリとヴァレリオの方を見ると驚いた顔でギターを見つめていた。しかし皐月の視線に気づいたのかハッとして皐月にコソッと喋りかける。
「サツキ嬢・・・そちらお弾きになれるのですか?」
「え、と。うん弾けると思う。・・・ですわ。」
「・・・!そうなのですね。では・・・」
ヴァレリオはそう言い終わるとマイクを持ち直し今まで通り進行役に戻る。
「さあさあ皆様静粛に。最後を飾って頂くということで特別にサツキ嬢にはこちら・・・扱いが難しいと専ら噂の最新楽器ギタアを披露して頂きたいと思います。」
会場がザワつく。本当にできるの?あれって・・・はじめてみた。所々からそんな声が聞こえてきた。
これが普通にギターなら一応軽音部のギター担当だったから何曲かは披露出来るが。とりあえずチューニングするために弦を軽く弾く。自分が知っているギターと同じようだ。準備が整う頃にはザワザワが少し落ち着いていた。
大きく深呼吸をして弦をおさえ、、弾く。久々の感覚に緊張と同時に高揚感を覚えた。普段はエレキを主に弾いていたがアコギも家で気晴らしに弾いていた。そこそこ弾けはする。
声を出しちゃマズいとはおもいつつ得意曲のイントロを弾いたらもう止まれない。
皐月は舞台の高揚感に支配され声高らかに歌い出した。