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花の大精霊編24 たとえ全てを忘れても

「やあはじめまして、好奇心旺盛なかわいこちゃん」


 どれほどの時間が過ぎただろう。

 かつての彼を知っているものが見るとコメントに躊躇するほど、すっかり角の取れてただのチャラい少年と化しつつあるからの大精霊は、何度目かの初めましてを琥珀色の目を持つ少女に口にした。季節終わりの雪の上を跳ねていた彼女は、こちらを向くとひゃっと声を上げた。尻餅をつきそうになったので、素早く手を出して助けてやる。


 まだ物心つくかどうかといった頃、本当に幼い。この時代の子どもは特に未知のものとの境界が曖昧な上、精霊達がつきまとって離れようとしない。琥珀色の目は彼らにしっかり焦点を合わせ、好奇心と不安に揺れている。

 血が薄まった結果か、最近では琥珀色の目を持っていてもせいぜい気配を感知できる程度の感受性しか持たない者も増えてきていた。ここまでしっかり精霊の存在を認知してくれる彼女の血族は久々だ。だからこそ、低級精霊が余計な事をしないように大精霊の自分が早めに接触したという部分もある。


「こにち……」

「こんにちは。いい天気だね。君のお名前は?」


 いかにも内気で人見知りする様子の彼女は、軽く身体の雪埃を払った後、もじもじと両手を合わせながら舌足らずな言葉で答える。


「フローラ……」

「――フローラ?」


 一瞬だけ動揺の走った空の大精霊に、少女はびくりと肩をすくませる。


「……へん?」

「……いいや。とても君に合っていると思うよ。いい名前をもらったね」


(能力の先祖返りに、この名前――偶然が重なることもあるもの、って奴なのかな)


 少年が内心のざわめきを抑えつつ、またへらりとしたいつもの顔を浮かべると、少女ははにかんだ微笑みを浮かべる。


「ぼくは大精霊。無と遍在を司る空の大精霊」


 歴代の彼女達がそうであったように、どうせ教えてもすぐに忘れてしまう名前だ。

 彼が気軽に名乗ると、少女はふるふる頭を横に振ってから、彼を指差して言う。


「……にーた」

「ん?」

「にーたま!」


 エメラルド色の目を見開いたまま動けずにいる少年に、少女は顔を曇らせた。


「……へん?」


 泣きそうな顔で聞かれて、彼はようやく立ち直った。ぶんぶんと頭を振り、作り笑顔を浮かべる。


「いいや。ちっとも」


 幼い少女は上機嫌に微笑む。

 心配した母が呼びに来るまで、彼女はしばらく少年達と遊んでいた。


 ばいばい、と手を振って駆けていくその背中を少年は見送る。



(きっとこのことも、君はすぐに忘れてしまう。ぼくのことを、ぼくをお兄様と呼んでいたことも、きっと。だって君は、人として生きていくんだから。けれど――)



 たとえこの手が二度と再びつながれることがないとしても、つないでいた過去はなくならない、つないでいた時が幸せだったことは嘘じゃない。すべてがなくなるわけではない。


 消しても確かに残るものはあった。


 ――あなたはからなんかじゃないわ。



 そうだね、と彼は誰もいない場所に向かって微笑みかける。


 また、春が巡ってこようとしていた。

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