花の大精霊編21 一つの終わり
「……無茶をする」
最初はぼんやりと戸惑った様子を見せていた少女がやがて魔法使いの若者と連れだって歩き出すのを見送って、妖艶な美女は呟いた。
隣の木には少年が登り、枝から足をフラフラと揺らしている。
「二度目がないとはおぬしも同じじゃぞ、空の大精霊。精霊を、それも大精霊を人間にするなんて――今回禁忌扱いされておぬしが消えなかったのが不思議なぐらいじゃ。次にまたこんなことをしたら、それこそおぬし自身が無に還ることになるじゃろうて」
「もちろん、二度目はないよ」
どこか晴れやかな様子すらうかがえる少年に、美女はもの言いたげな眼差しを向けた。
ようやく二人から視線を外し、少年は穏やかな微笑みを向ける。
「ぼくは空の大精霊。ぼくを兄なんて呼ぶような馬鹿はこの世にたった一人だ」
並ぶ二人の見た目と実際生きてきた年月は逆転している。
闇の大精霊に動揺のような震えが走っても、空の大精霊は不審な動きは見せなかった。
いついかなる時も、己の正しい道はわかりきっているというばかりの態度で、大精霊を人間にするという前代未聞の荒業と起こしたばかりには全く見えない、泰然とした様子である。
彼は過去揺るがなかったし、未来揺るぐこともない。いつかやってくる消滅の時まで。
「……いいや。たった一人だった。だからもう、こんなことは起こらない――起こらないんだよ。二度とね」
ただ、一瞬。ほんの一瞬。
誰かに言い聞かせるように、噛みしめるように喋る、その目はどこか寂しげだった。
闇の大精霊は口を開いたが、結局その後言葉を出すことはなく、ゆっくり首を振っていずこかの闇へと滑り込んでいった。
空の大精霊が発した言葉が全てであると、理解できてしまったのだろう。
この少年の形をした最年長の人外はもう、二度と何者をも寄り添わせるつもりがない。
ならば自分もまた、この場にいることは無意味である、と。