表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/77

花の大精霊編17 彼女を探して

 春が近づいていた。

 帝国至高の大魔法使いの家でも雪解けが始まっている。

 惜しみなく最新の技術を使われた石造りの住居は、彼の立場や性格を思えば随分と質素な見た目をしている。

 一般庶民の家に比べれば大きく広いが、王侯貴族の豪邸と比べるといささか物足りない。


 そんな住まいの門を、夜中にフードを被った人物が音もなく開ける。

 警報器は鳴らない。家の中から同じくフードを被った炎の魔法使いが来訪者を出迎えるように、あるいは待っていたかのように出てきた。


「今何時だと思ってる。アポイントメントは取っていなかったはずだが」

「人のいない時間の方がそちらにも都合がいいのでは? あと、行けば会えると思っていた」

「……もてなさないぞ。理由は色々そちらに心当たりがあるはずだな」

「構わない。ただ、話がしたい。終われば帰る」


 鼻を鳴らす家主に、若者はしれっとした顔で言ってのけた。

 舌打ちしつつ、家主は花の魔法使いを家の中に招き入れる。自分が折れなければ状況が変わらないと思ったのだろう。


 実際、帝国から刺客を差し向けても己を曲げなかった若者の頑固さは相当のものだ。一度言い出したら引き下がらないことは容易に想像できる。


「それで。何のつもりだ」


 おそらく応接室なのだろう、ソファにどっかりと座り込んで向かい側を指差した炎の魔法使いは、重たげな口を開く。

 家の中の他の家族に配慮しているのか、照明は小さな蝋燭のみだ。


「一応こちらの状況を述べておくとだな。喜べ、死すら克服し、最高の精鋭五名を投入し二名の犠牲者を出したお前を、主君はこれ以上どうこうするつもりはなくなったようだ。というかしたくてもどうにもできないし、他国にも何ができると思えない。だから放置だ、なるべく関わらないと決めた。望み通りにな」


 半眼で睨みつけられるが、花の魔法使いは落ち着いた様子を崩さない。そっと目を伏せ、机の上の蝋燭のあたりに視線を送る。


「……二人のことは、残念だった」

「そうだな。俺ももう、正直お前の顔はあまり見たくない」

「俺は何もしていない」

「知ってるよ。聖者が人を殺すはずがない」

「やっぱりあなたはあの場に誰がいたか、その答えを知っているんだな」

「なるほど。話というのはそれか」


 合点がいった、という表情の後すぐに、炎の魔法使いは眉に皺を作った。嫌そうな気配を隠しもしない。一方の花の魔法使いは、少しだけ目の奥に期待を輝かせたのが夜の家の中の暗がりでも読み取れた。


「知っているとも。いや、推測できる、という程度だがな」

「では、貴方の知る限りの情報を教えてほしい。ただでとは言わない」

「なんだと?」

「あなたの妻は産み月という話だったはず。母子共に健康に予定日を迎えることを保証する。もちろんその後もだ。早死にさせない。俺なら二人とも助けられる」


 早く帰れお前とは話をしたくない、という態度を濃厚に顔に浮かべていた炎の魔法使いが驚いて目を見開いた。今度は花の魔法使いの方が、たたみかけるように言葉をつなぐ。


「貴方個人のみではなく帝国にメリットが必要ということなら、要人三名まで治療を優先する。今後もこちらの活動に支障が出ない範囲でなら、協力する。具体的な詳細については、話し合いが必要かもしれないが、ひとまず俺がそちらと交渉を希望していることは理解してほしい」

「どういうつもりだ? あれほど誰にもおもねらないと突っぱねていたお前が――」


 困惑と警戒。炎の魔法使いの反応は芳しくない。

 それはそうだろう、少し前まで敵対しており、自分の優秀な部下二名の死因となり、そもそもずっと帝国の勧誘を断り続けてきた男だ。今更になって、という怒りすらほのかに感じられる。


 けれどピリピリした空気の中で、あくまで若者は静かだった。凪いだ水面のように穏やかな彼の目を覗き込んでいると、炎の魔法使いもささくれだった気持ちにいまいち熱が乗り切らない。


「俺はあの時死んだ。確かに死んでいたはずだった。誰かが俺を助けてくれた。たぶん、その前からずっと助け続けてくれていた。あの人にもう一度会いたい。会えなければ、死ねない」

「ただ、それだけで……今までのお前の信念を捨てると?」

「捨てるわけじゃない。貴方の言った通り、抱えられるだけの人間しか救えない。それをもう少し融通を利かせて広げてみようと思っただけだ。権力者を救えば、その権力者がまた抱えている人達を救うから。かといって、だからいつでも優先する、というわけにもいかない。俺は俺の前で助けを必要としている人間なら誰でも助ける。そこは今までと変わらない」


 凪いだ水面というのはふさわしくなかったかもしれない。

 若者の瞳の奥には静かに燃えたぎる熱があった。よく見ればぐつぐつと煮え立っている。

 それは今まで彼を突き動かしてきたであろう透明な信念とはまた異なる色合いを、危うさを秘めているように見えた。


「さあ、教えてくれ。名前だけは知っている。フローラ――彼女は誰なんだ?」

「……それは本人から聞いたのか? 名前を?」


 若者が頷くと、炎の魔法使いは首を振って顔を覆った。


「なら、憶測はほぼ事実として確定できる。お前を助けたのは花の大精霊だ」

「花の大精霊――」


 途端に花の魔法使いは表情を緩める。瞳の中の輝きが一層増した。

 追う者、追われる者の関係だった炎の魔法使いは初めて見る。

 いつも張り詰めている若者が無邪気に目尻を下げ口元を上げると、聖者と呼ばれあがめ奉られる存在がまだ非常に若い一人の男であるということを思い出させる。


「どこに行けば会える?」

「落ち着け。大精霊がどこにいるかなんて予測できる人間はいない」


 炎の魔法使いは前のめりに聞いてきた若者を両手で押しとどめるようにした。

 しばらく何か言いたげな相手の視線から目をそらして抗っていたが、すぐに根比べに負けたのか、深く思いため息を吐く。


「……召喚すれば可能ではあるが。大精霊格を呼び出すとなれば並みの儀では済まないし、さすがにお前が全面的に協力するとしてもそこまでの許可は出せない。こっちは既に犠牲者を出しているんだ」

「方法を教えてくれるだけでいい。後は自分でやる。そちらに迷惑がかからないように最大限配慮もする」

「お前なあ……」


 呆れた声を出す男だが、若者を家から追い出そうとする様子も話にならないと会話を打ち切ろうとする様子もない。


 夜は更けていく。やがて新しい朝が来る。

 昨日とは違う新しい朝が、また明けようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ