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花の大精霊編8 くすぶる情熱

 花の大精霊は空の大精霊と少しずつ一緒に過ごす時間が減っていった。

 いつ何時も後ろをしつこいほど追いかけてお兄様お兄様と呼びかけていた、その状況の方が以前とふさわしくないと言えばその通りなのだが。

 空の大精霊は何も言わない。いいとも嫌とも言わない。

 彼はただ、今まで通り好き勝手に人のいる場所、いない場所にふらふらと足を向けては、何もせずただ有り様を遠くから眺めている。

 時折、花の大精霊に置いていかれて寂しげにキュンキュンと鳴く二匹の犬の頭を撫でながら。


 空の大精霊が大きな家の屋根で人間達の収穫の様子を見守っていたとき、久しぶりに花の大精霊が顔を見せた。どこかばつの悪そうな、叱られることを覚悟している子供のような顔をしている彼女に、空の大精霊は振り返りもせずに尋ねる。


「楽しかった?」


 すると彼女は一転して、花が咲いたような微笑みを浮かべた。


「とても!」

「またあの魔法使いのことだね」


 最初にさらりと流すように見せかけて、しっかりと釘を刺す。

 花の大精霊は兄と慕う空の大精霊の仕打ちにへの字に口元を曲げるが、そのままそわそわもじもじと手をこすり合わせて相手の様子をうかがった。少年は遠くで一斉に畑で作業している人の群れを視界に入れたまま、はあ、とため息を吐く。


「そんなところで突っ立ってないで話したら。というかそのために来たんでしょ。下位精霊に言ったら聞いてはくれるけど悪気なく他の精霊に情報を漏らすし、上位精霊は君の今していることにいい顔はしないからね」

「……お兄様も怒ってる?」

「怒るってのは自分を守って相手を攻撃するために出てくる感情だろう。ぼくが君にどうして怒る必要が? ……いじわる! とか言うなよ、ちゃんと思い出して欲しいけどぼくは元々こういう奴だ」

「……お話ししても、いいの?」

「好きにすれば。君がそうしたいのなら」


 空の大精霊はたとえ明確に嫌がっていても、相手が本気で求めればいつでも「仕方ないな」という顔で応じる。逆に相手の望むことを察していても、最後の一押し――態度であれ、言葉であれ、相手がしてほしい、したい、という明確な意思を示さない限り、自分から察して動くことはない。


 ただし、時折促すような言葉はかける。


 花の大精霊はしょんぼりとしていたが、ぱっと瞳を輝かせた。


「あのね、あのね。あの人、花の魔法使いなの」

「もう聞いたよ」

「毎日人を助けているのよ。たくさん、たくさん」

「それも聞いた」

「でもね……人間の使う魔法は、魔力を、つまり本人の命を削って使うもの。魔石を用いればまた話は変わるけど、高価だから。貧乏なあの人は、魔力でなんとかするしかないの」


 空の大精霊の横に座り、膝を抱えてそわそわしながら話をする彼女の目はここではないどこかを見つめている。


 遠くの収穫の歌をほんのり聞いたまま、空の大精霊は話の続きを待つ。


「毎日、昼は町を歩いて、夜は人のいない所で過ごすの。そうしないと、いつまでも皆が追いかけてきて、治してくれ、なんとかしてくれってきりがないから。本当は全部に応えてあげたいのよ、でもそうしたら自分が倒れてしまう。だから日のあるうちだけ、日が沈んだら自分の回復の時間、って決めているの。それでも死にそうな人がいたり、どうしても、って頼み込まれたら応じてしまうの」

「お人好しなんだね」

「そうね。でも人が来ない場所に来るものだから危なくて。だから最近は、わたしが見張っていてあげているのよ。何か怖いものが現れないように。誰かが彼の眠りを邪魔しないように」


 うふふ、と花の大精霊は笑い声を漏らした。

 何か思い出しているのだろう。目を閉じて、幸せそうに頬を染めている。


「見えてないけど、なんとなく気配は感じる。お兄様の言った通りね。それで彼、最近話しかけてくるようになっているのよ」

「へえ。なんて?」

「そこにいるのはわかってるんだ。いい加減にしないと、そのうちこっちからもやり返すぞ! って」

「……君、今彼の眠りを邪魔しないように見張ってるって言ってなかったっけ?」

「寝ている間はそうよ。でも起きている間は別。だって面白いんだもの」


 見えていない相手から色々とされて、件の魔法使いはさぞかし心労の種が増えているに違いない。

 空の大精霊は呆れたような顔を向ける。


「何度も言っているけど。ほどほどにしておきなよ。同じ属性持ちだし、見ててつい構いたくなる気持ちはよくわかるけど。大精霊は人間とは違うんだから」


 すると花の大精霊はいつになく真面目な顔になった。

 じっと少年を見据え、静かな声で問う。


「ねえ、だとしたら、わたしたちってどうして彼らの真似ができるの? 全く違うと言うのなら、どうして姿を似せられるの? 必要ないのなら、どうして考える頭があるの? 駄目だと言うのなら、どうして感じる心があるの?」


 遠くから歌が響いてくる。今年の豊作を喜び、作業の苦労を吹き飛ばそうとする力強い歌声が響いてくる。


 しばらく見つめ合ってから、先に目をそらしたのは空の大精霊だった。

 男も、女も、子ども達も、総出で働いている。

 そんなありふれた光景をぼんやりと眺めたまま、やがて彼はうっすら唇を開いた。


「さあ……考えたこともなかったよ。そんなことに悩むなんて、それこそ人間じみている。君は人間の真似と言ったね。ぼくはそう思っている。これは真似だ。だから本物ではない」


 少女はぎゅっと眉を寄せたままだった。何か反論したいが、言葉が出てこないという所だろう。


「ぼくが在ることはそれだけで正しい――それが大精霊という存在だ。ぼくが正しくなくなったら、消えてなくなる。幾多の代替わりした他属性の先代達のように。そういうものだよ」

「……わからないわ」


 大人しく聞いていた花の大精霊だったが、すっくと立ち上がった。


「やっぱりわからない。好きになるってそんなにいけないこと? わたしは皆、大好きなだけなのに」


 くしゃりと顔をゆがめて問いかけるが、少年は何を考えているかわからない横顔を見せるのみだった。

 やがて彼に背を向け、またどこかに行ってしまう彼女の姿が完全に見えなくなってから、からの大精霊はふと空を振り仰ぐ。


「過干渉は空の性分じゃないんだ……気がつくのは、決断するのは君自身でなければならない」


 少年の姿の人外は目を閉じた。


「でも、ぼくだって君を消したくはないんだよ。君はちっともわかっていないだろうけど」


 お供の精霊達も、どこか別の場所に遊びに行っている。

 彼の呟きを聞き届ける者はいなかった。

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