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花の大精霊編7 花火

「なんじゃ。一人か? 珍しいのう」


 呼びかけらて少年は振り返り、肩をすくめる。

 今日は町で夏至祭りが開かれる日だ。着飾った男女、家族、あらゆる人が、楽しげに話をしながら歩いて行く。

 人でごった返している大通りから少し離れた細道を抜け足場の悪い階段を上がっていくと、町を軽く見下ろせるような小さな昔の広場がある。


「なんだ。君もこの場所を知っていたのか」

「いやだって、暗い所はわらわの領分じゃし……」


 空の大精霊はその広場の塀に腰掛けていた。そこにたまたま居合わせたらしい闇の大精霊が、ぎょっとした顔になる。苦手な相手と鉢合わせして逃げるのかと思いきや、闇は空の横まで近づいてきた。


「そもそも大精霊ともあろうものがべたべたして馴れ合ってたことがおかしかった。これが正常だよ」

「それはまあ……おぬしは特に嫌われ者じゃしのう」

「君も大精霊の中だと代々不人気だけどね」

「やかましいわ! 人間は見る目がないのじゃ! 何が花じゃ、光じゃ、くうっ!」


 不人気呼ばわりされた精霊はここにはいない人気者達に拳を振り上げ、地団駄を踏む。

 黒い髪に黒い目、扇情的な女性の姿を取っている闇の大精霊だが、空の大精霊よりも大分若い。というか幼い。見た目と行動が伴わない少々異様な行動は、しかし祭りの喧噪の中ではさほど目立たない。

 塀の上でぷらぷらと足を揺らしている空の大精霊の横で、ふう、とため息を吐いて闇の大精霊は頬杖を突く。


「しかしなあ。結構大きな夏至祭りじゃぞ? この手の楽しいことは絶対に見逃さなかった花のが、急にどうしたんじゃ?」

「また別の流行はやりを見つけたんだろう。興味が多いけどその分飽きっぽい、彼女らしいことだ。そのうち元に戻るよ」

「……そうかのう?」

「なんだい。今日はやけに絡んでくるね」


 花以外の大精霊は基本的に空の大精霊を苦手としている。

 空の大精霊に全て消された代の記憶をほんのり受け継いでいるからだろう、と避けられている方は推測していた。


 闇は人間の暗部に触れることも多く、特に大精霊が病みやすい属性でもある。そのため闇の大精霊は代替わりが激しく、常に若い上にしばしば空の大精霊から消滅処分を受けている方だから、基本的には近寄りがたい相手として認識しているはずだ。実際普段は顔を合わせるとそそくさとどこかに行こうとするものなのに、今日は彼の隣に陣取って離れようとしない。


「……うむ。その、少々気になる噂を小耳に挟んでの」

「何。さっさと言えば」

「花の大精霊が今興味を向けている相手が、人間の男だという話があるのじゃが……」

「なるほど。下位精霊情報か」

「やはり本当の事か。おぬし、知っておったのじゃな」


 特に驚く様子も見せない空の大精霊に、闇の大精霊はゆるゆると頭を振る。

 擬態されたつややかでまっすぐな黒髪がさらさらと絹糸のように揺れた。

 美女(の形をした本性は不定形の化け物だが)に流し目を向けられても、空の大精霊は振り返りもしない。

 遠くにほんのりと見える舞台、その上で繰り広げられているパフォーマンスと熱狂する観衆をぼんやり視界に収めたまま、長寿の人外は静かに言葉を続ける。


「のう。花の奴を放っておいていいのか?」

「仕方ない。精霊は中立。と言われていても人に関われば一度や二度はクラッとくる、それもまた仕方ない。人間というのは矛盾で成り立っているが故にとても興味深い生き物だ、興味を持つなと言う方が本来馬鹿げている」

「じゃが……興味を持った上で、距離は保たねばならぬ。わらわ達の間には線がある。越えてはならない線が。あの子はまだ、理解できておらぬのではないか?」

「越えたら消えてまた新しい花になる。越えなければ何も起こらない。君の先代と同じ、ただそれだけの話だ」


 ぐっ、と女性姿の精霊は唇を噛みしめるような表情をした。


「……冷たいのう。兄と呼ばれるほど慕われていた仲だろうに。おぬしが空だからか?」

「ぼくが言ってももうどうにもならないだろう。運命は定められている」


 なんとなく面白くなさそうな顔になって下を向く闇の大精霊だったが、空の大精霊の言葉にはっと顔を上げた。


「そこまでになってしまっているのか?」

「今はまだ何も起きていない。出会っただけ」

「じゃが、おぬしは後は遅いか早いか、それだけの違いと判断しているのじゃろう?」


 どこからか屋台の揚げ物の香りが漂ってくる。いつの間にか町の喧噪はやや控えめになり、集まった人間達は何かを待つように夜空を見上げている。

 少年はふらつかせていた足を、一度だけ止めた。


「相手は花の魔法使いだ。好感の持てる若者だったよ。人の嫌な部分もたくさん知っていてなお、身を削って他人を救い続けている。ただ、そろそろ限界なんだろうね、近いうちに倒れて動けなくなる。その時が来ても彼は誰にも助けを求めないだろうし、求められないだろう」

「なんてこと……」


 顔を押さえてうめき声を上げた闇の大精霊の横で、空の大精霊は空を見上げた。

 星空に花が開く。夏至祭りの最大の見物の一つだ。魔法を使って空に大きな花を咲かせ、それを皆で楽しむ。

 美しく輝く光の花は、やがて空から落ちてどこかに消えてなくなっていく。


 闇の大精霊はまだ何か言おうと口を開いたが、結局頭を振って俯いた。空の大精霊が呼びかける。


「ごらんよ。せっかくの夏至祭りなんだ。楽しむといい」


 再び空に散った花の明かりに引かれるように顔を上げた闇の大精霊は、ふと横の少年の顔を見た。


 彼は目を細め、うっすら寂しげな笑みを口元に浮かべたまま、ただ咲いては消える祭りの主役を見守っていた。

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