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花の大精霊編3 から

「あなたって本当に好きよね」

「何が?」

「えーと、何て言ったかしら、ぴったりな言葉があったはずなの……ああ、待って待って、今思い出すから」

「そのまま忘れちゃえ」

「もう、そんなことばっかり言って……ほら、思い出したわ! ほら、こういうの、にんげんかんさつって言うのよ。どう? そうでしょ!」

「ほっとけよ。出歯亀趣味はお互い様だろ」

「でばが……なあに?」

「変態ってこと」

「ひっどーい!」


 少年少女はかしましいやりとりを続けながら、村で一番大きな家の屋根の上から、種まきに勤しむ人々の様子を見下ろしている。

 空の大精霊の方は行儀悪く足を組んで頬杖を突き、花の大精霊はその横で両手を置いてぷらぷらと足を揺らしていた。


 精霊は、意図して自ら姿を見せようとする場合以外、基本的に人間には見えない。

 それなりに距離があるとは言え、向こうからもこちらは見えている場所だろうに、誰も奇妙な子供二人組を指差す様子はない。


 畑には男達が集い、水場には女達が群れている。

 この時期は子ども達まで総出で、いつにも増して騒がしい。

 時折怒声や泣き声も混じっているものの、概ね春の温かな陽気の中には笑い声が響いていた。


 暦を刻み、日が昇れば家を出て働き、日が沈む頃には家に帰りまた明日に備える。

 そんな退屈な人の生活を、空の大精霊は何をするでもなく見ている。

 ふらふらと彷徨っては、人の群れの発する音に引き寄せられるかのように近づいていき、姿を現すこともなくただただ見つめ、やがて何に満足したのかさっぱりわからないが次の場所へと出かけていく。


 それらに向かって、ぼんやり焦点の合っているんだか合っていないんだかよくわからない目を向けている空の大精霊を一瞥し、花の大精霊は首を傾げる?


「これって楽しい?」

「さあね。つまらないならどっか別の所行けば」

「わたしはもちろん楽しいわ。だって人の営みはわたしの司るもの、春のあれこれはわたしの一番の得意分野ですもの。……なんだかむずむずしてきちゃった、手伝ってきちゃおうかな!」


 風に巻かれて届いた種まきの歌に釣られるかのように、花の大精霊は屋根を滑り降りていく。

 空の大精霊は微動だにせず、変わらず頬杖を突いたまま彼女を見守った。


 宙を浮かんで進んでいく彼女が腕を広げると、そこから波が広がっていく。

 空気が動くのともまた違う。気、魔力、生命の流れ――彼女が動かすのはそういったものだ。

 たなびく擬似的な髪。吐き出す吐息。つま先から足先の踊るような動き。それらすべて、花の大精霊の祝福となり新たな命の芽吹きへとつながる。


 誰かが歓声を上げた。目には見えずとも、音は聞こえずとも、何か感じることがあったのかもしれない。

 人間も騒いでいるが、精霊達も落ち着かない。

 あちらこちらから光の球が集まってきて、花の周りを漂い出す。


 彼女の奏でる喜びの歌に、空の大精霊は目を細めた。

 彼の周りには光の球は集まってこない。同じ精霊でも、空は異質だ。拒絶こそしないが、自ら寄ってくるほどの好意もない。そんなところ。


 それなのに、一通り村に花の祝福をこっそりと振りまいてきた大精霊は、そのまま行ってしまうことはなく当然のような顔をして空の大精霊の隣に戻ってくるのだ。


「別に戻って来いなんて頼んでないけど」

「ならわたしだって、待っててなんて頼んでいないわ」

「置いていっても、どうせまたしつこく追いかけてくるじゃないか」

「そうね、一度なんかあんまりに悔しくって悲しくって大泣きして。それであなた、足を止めてくれるようになったのよ。わたし、知っているわ」

「そりゃ……君を泣かせると色々面倒だからね。皆うるさいし」


 実際にめんどくさい、という言葉を顔に貼り付けているかのような表情の空の大精霊の隣に腰を下ろし、足をふらふらと泳がせながら、花の大精霊は笑った。


「やっぱりあなた、変わってるけど、ちっとも怖くなんかないわ。あなたや他の人が言うことは、ちょっと間違っていると思うの」


 ふん、と少年が鼻を鳴らす。

 ちょうど昼の休憩になったのか、鐘が鳴って人々が作業の手を止めている。

 花の大精霊には目を向けようとせず、人の群れの方に顔を向けたまま、空の大精霊は口を開けた。


からは無と遍在を司る概念。ぼくはどこにでもいて、どこにもいない。ぼくは触れたものを消すことができる。だから皆ぼくを怖がる。君が愛おしんだこの瞬間も、ぼくの気分一つで全部なかったことになる」

「でもあなた、そんなことするつもりないでしょう?」

「だけどぼくにはその力がある。そしてぼくの力は防ぎようがない。……どうしてこんな簡単なこともわからないのかな。だからぼくは嫌われ者で、恐れられる存在で、それは正しいことなんだよ」


 何度か同じ説明を繰り返したせいだろうか、空の大精霊の口調は苛立ちや徒労感を通り越してすっかり感情の抜けたものになっている。


 以前まではこのやりとりをすると、頬を膨らませ、納得できないという顔になって、けれど言葉が見つからずにいたらしい花の大精霊だったが、今日は待ってましたと言うばかりに目を輝かせた。


わたしは生命を司るのだもの。あなたが消しても、また生み出せばいい。だからわたしは、あなたなんか怖くないわよ」


 虚を突かれたのか、思わずと言った風に振り返った大精霊に向かって、興奮で頬を薔薇色に染めたまま、花の大精霊は語る。


「今日のわたしは厳密に言えば昨日のわたしとは違う。明日のわたしも今日のわたしと同じではない。命は毎日、いいえ、時を刻むごとに更新されているのよ。誰もが一瞬ごとに変わり続けている――たとえそう感じられなくても。だからあなたが何かを無にしても、わたしちっとも怖くなんかないわ」


 得意げに賢しく話して見せた年若い大精霊の言葉を、少年は静かに聞き、それからそっと返す。


「一瞬ごとに命が更新される。それは定命のものの話だろう? ぼくたちは精霊。それも大精霊。変わらない存在なんだよ。消えても次代が現れる、それだけだ。ぼくに至っては、消えたらたぶんそれで終わり、属性が八から七に戻るだけだろうね」

「……どうして?」

「ぼくがからだからだよ」


 諭すような少年の声に、少女は突如立ち上がり、屋根の上で地団駄を踏んだ。


「わかんない。ぜんっぜん、わからない! あなたの言っている事は何かおかしいわ。モヤモヤするの」

「だからあっちに行けって何度も言ってるじゃないか、わからない奴だな」

「そういうことじゃなくて……」


 感情豊かなままに、べそをかきそうになった花の大精霊だが、空の大精霊が露骨に距離を取ろうとする反応を示すとぐっと唇を噛みしめ拳を握りしめる。

 しばらくそのままぶるぶる震えていた彼女だが、再び顔を上げたとき、奇妙な迫力に満ちていた。


「……決めた。から、なんて名前がいけないのよ。だからそんないつまでも空っぽなことばかり言うんだわ。わたし、あなたのことをお兄様って呼ぶことにする!」


 人差し指を突きつけられた空の大精霊は、呆気にとられてぽかんと口を開いた。

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