花の大精霊編2 二人の大精霊
季節は春。一面花畑だった。
その中を、少年と少女が歩いて行く。
より正確には、少年がずんずんと歩いて行くのを、少女が一生懸命追いかけていると言うのが正しい。
年の頃はどちらも十代前半でちょうど同じぐらい。染色もされていない貫頭衣を軽く腰の辺りで紐でまとめ、少年の方はズボンを、少女の方はスカートをさらにその下に身につけている。どちらも一般的な庶民の子供の格好だが、一つ奇妙なことがあるとすれば二人ともサンダルすら履いておらず裸足で、しかも脚に一切汚れや怪我の類がついていないという点である。
踏まれて折れる草花を気にも留めず、少年はいかにも不機嫌そうな顔のまま進んでいく。
その後ろを少女が追っているが、不思議な事に彼女が歩くとその場から少年に散らされた植物達が戻っていき、むしろ前より一層生命力に溢れて咲き誇る。
「いい加減にしろって。ぼくにそんなつきまとうなよ」
とうとう、少年が根負けしたように立ち止まる。
彼が振り返ってしかめ面を向けると、少女は立ち止まり、ぷくっと頬をふくらませた。けれどその目は輝き、悪戯っぽく笑っている。
「あら。わたしは勝手にあなたの後ろについていってるだけよ。あなたが勝手に歩いてお花さん達をいじめているように」
かわいそう、なんて呟きながら自分の後ろで嬉しそうにそよいでいる花々を振り返り、手を振って愛想を振りまいている少女に、ますます少年の機嫌が傾いていくのが目に見えてわかる。
「あのねえ。炎にも水にも風にも土にも光にも闇にも、そしてそれに付随するあれこれ何一つ傷つけず人間界に存在するってのは、できないわけ。干渉する身体でいれば、そりゃ道の上のものを踏みつけることもあるよ。むしろ何もない場所なんて歩けないじゃないか」
「そういうことを言ってるんじゃないわ。他にも色んな所があるのに、わざわざこんな綺麗な場所を、そんな鼻息荒く通ることないじゃない、って言っているの。あなたってわたしにもだけど、どうしてわざわざそんな意地悪な事をするの? 別にここまでお花さん達を荒らさなくても移動はできるのに、変なの」
「ぼくがどこで何をしようと自由だよ、大精霊なんだから。そんなに気に入らないならあっち行けよ、ほら、シッシッ」
「ならわたしだってそうよね、大精霊なんだから。あなたが気になって仕方ないの、だからついていくわ。そんな犬を追い払うみたいにしても駄目よ、まとわりついて離れないんだから!」
少女が歌うようにころころと軽やかな声を紡ぐと、風も吹いていないのに周囲の花々が震える。
それが少年が呆れた声を出すと、途端に身をすくませるようにピタリと止まり、しんと静まりかえるのだ。
「あ・の・ね。この姿は何かと便利だから君もぼくも今こうしているわけだけど、ぼくたち一応これでもお互い大精霊なわけだよ? ぼくはもう既に結構な年で君もまあ本来の人間の見た目からすると結構詐称しているわけだよ? もうちょっと大人の距離感というものをだね。慎みを持ちなさい慎みを。なんだい脚なんか出しちゃってさ」
少女のスカートは膝上でふわりと揺れている。女性はふくらはぎが出ているだけで大分際どいと思われるこの時代の価値観からすればはしたない。けれど少女は先輩にジジ臭く指摘されてもんべっと舌を出しただけだった。
「い・や・よ。わたしはわたしのしたいことをするし、着たい服を着るわ。あなたとも、もっと仲良くなってみせる!」
「ばかばかしい」
付き合っていられない、と言うように少年が首を振って再び歩き出すと、彼女もまたその後に続く。
今度は肩を怒らせて歩いているまま、少年が声を上げた。
「なんでぼくなのさ、他にいくらでもいるだろ! それこそ君のこと大好きな、チヤホヤしてくれる取り巻きがいっぱいさ!」
「だって……あなたが一番面白いんだもの。不思議だわ。とっても不思議」
「どこが! 見る目ないんじゃないの!」
「だっておかしいじゃない。まるで嫌われたがってるようなことばかりするんだもの。そんなのあなたぐらいよ」
実際嫌われものなことは事実で、だからその通りに振る舞っているだけなのに、どうもこののほほんとした少女の姿の精霊は、先輩精霊への畏敬的なものがすこんと抜け落ちているらしい。
「ぼくの全盛期にまだ産まれてなかったからかな、なんか全体的に危機管理意識が抜け落ちてるよね……いや大精霊にそんなものあるのか知らないけどさ……」
なんてことをぶつくさ口の中で呟きつつ猛然と歩を進める少年の背中を、少女はくすくす笑い声を漏らしながら追いかけ続ける。何度悪態を吐かれても、彼女は軽やかな笑い声を立てるのみだった。