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ラッキースケベ

共同生活初期。

ちょっとネタ的にレーティングが怪しい気もしてきたので、念のためR15タグを追加させていただきました。

 魔法使いことルシアン=フェルディ・ド・ランチェは、時間ができると森をさまようか自宅に引きこもるかの二択を選ぶ。


 さらに自宅にいる場合、大抵は調合室に籠もっているか本を読んでいる。ルシアンはさほど勉強が苦にならないというか、むしろ楽しいと思えるような人種である。魔法に関連することならなおさらだ。


 そんなルシアンが今日も今日とて読書に没頭していると、窓の外はいつの間にかすっかり暗くなっている。


 顔を上げた彼はこめかみを軽く揉んだ。頭がぼんやりしていて少し疲れた感じもあるが、けして嫌ではない。外国の珍しい資料本が送られてきたので、ついつい時間を忘れて入れ込んでいたのだった。


(……さて、風呂にでも入るかな。さっぱりしよう)


 食事は忘れても風呂と歯磨きは忘れないのがルシアンである。


 ランチェ人はあらゆることにおいて隣国の真面目人種より適当であることに定評があるが、入浴に関してのみ、隣人達より興味関心が上回っていると言えよう。


 というのも、ランチェは感性と美意識の国家。つまりは自分磨きならそこそこ頑張れる人間達の集団である。


 かつて王子だった頃、兄王子達に身だしなみを清潔にすることだけは絶対に怠るなとたたき込まれたのが今でも体に残っているようだ。


 ちなみに兄王子達はその根拠として、どんな男が女性にモテるのか散々いつも語って聞かせていたのだが、国民性に反してその辺りにさほど当時興味のわいていなかったルシアンは、ことごとくモテテクを聞き流していた。


 ――そのため後に彼は、知識源は本、実経験値ゼロという己のランチェ王族にしてはあまりに乏しすぎる恋愛ステータスを、激しく後悔することになる――。


 そんなランチェ事情や本人の事情はさておき、ぼんやりした頭のまま、魔法使いはのろのろ家の中を歩く。


 ルーティーンワークというのは体が覚えているものだ。頭がさほど働いていない状態の時は特に色濃く日頃の習慣行動が出てくる。


 彼は長時間の頭脳労働の疲労感に浸りつつ、何も考えず――そう、何も考えず。半ば寝ぼけたような状態で、特にためらいなく風呂場の扉を開けた。


 ガチャッ。


 ドアノブが回る。


 脱衣所には先客がいた。


 特に何も考えていなかったルシアンは咄嗟に立ち止まり、これまた何も考えずぼーっとした視線を上げた。


「…………」

「…………」


 いかに華奢でも若い女性の体というのは男のそれとは全くシルエットが異なる。

 しなやかに伸びる足は白くまぶしく、同じく白くまぶしいパンティが繊細な箇所を幸か不幸かガードしている。


 ちょうど穿いていた最中だったのかもしれない。細い指は腰の辺りにかかっていた。


 あれ、なんか変だな、自分の知っているいつもの脱衣所と違うぞ。


 そう思いながらさらに視線を上げていくと、きゅっとくびれた折れてしまいそうなほど細い腰と思わずなめ回した、もといそのラインに芸術味を感じるへそがつつましくも自己主張をする。


 その上、スレンダーな人間特有の体の中心部分にできあがる線を追いかけていくと、まろやかな二つの慎ましくも愛らしく美しい膨らみが、うっすら浮き出た肋骨と指でなぞりたい鎖骨の下に――。



 ここで唐突に余談を挟むが、脱衣所含めた風呂場は鍵がかからない。元々一人暮らし用の家だったから特に彼が必要性を感じていなかったというのが最大の理由である。


 そして今、ルシアンはとてもぼんやりしていた。特に何も意識しないまま、じーっと突然目の前に現れた他人をなめ回すようにじっくり鑑賞し、ようやく顔まで視線を上げたところで違和感に気がついた。



 口元には引きつった微笑みが貼り付けられ――パニックになるか返答に困る問いを向けられると彼女はそういう表情になるのだ――琥珀色の瞳はざくぎりの前髪の間で瞠目している。


 そう、脱衣所にいたのは最近隣人になったばかりの少女、フローラ・ニンフェだった。


 脱衣所にいるということは風呂に入る前か後ということだ。パンティオンリー装備の裸姿でいても何も問題ない。


 問題があるとすれば、ルシアンがノックもせずに扉を開けてそのまま彼女をガン見しながら硬直したということだろうか。


 何しろ彼はぼんやりしていて、自分に隣人が出来たこともそれが若い異性であることも自分より先に脱衣所にいるかもしれないことも、すっかり頭の中から抜け落ちていたのだから。



 立ち尽くし、向き合う二人の間に結構長い間沈黙が降りた。


 見つめ合うと素直にお話しができないお年頃なのかもしれない。そんなことはない。両方ともキャパオーバーで完全に思考停止してしまっているだけだ。


 だらだらだら、と額や背中を落ちていくこの感覚は間違いなく冷や汗の滝だろう。


 うんともすんとも言えないルシアンの前で、不意にフローラは顔をそらして身をかがめ、くしゅんと小さなくしゃみをした。


 彼女はそっ……と両手で胸を覆い、顔を赤らめて消え入るように言う。


「あの……寒いので、閉めていただけ、ないで、しょうか……?」


 バタン!


 きっかけを与えられて復活したルシアンの行動は素早かった。


 脱衣所の扉を勢いよく閉め、己の目を隠しつつも彼女に向かって石版をつきつけ、怒濤の言い訳、もとい謝罪を並べる。


『すまない! 本当にすまない! 申し訳ない! ついうっかり一人暮らしの時のままのノリで、いや本当にいい物を見せてもら、いや違う、見てすまなかった、これも違う、私は白くてまろやかな二つの膨らみなんて何も見ていないから安心してく――駄目だ罪悪感がとどまるところを知らないからもう素直に言おう、全く見てないわけではない、むしろ割としっかり見てしまったような気もするが、とにかく不可抗力だから許してくれ、私は変態ではない! 見たくて見たわけではないのだ! いや別に勘違いしないでほしいんだが、見たいという気持ちが皆無とは言えない、私も男だから、でもそのなんだ、見たくないわけではないし、あなたの裸に文句をつけるつもりはないというか、むしろ本当にいいものを拝ませてもら、だから違う、私が言いたいのは――』


 そこで彼は気がついた。


 事情があって声を出すことの出来ないルシアンは、筆談で相手と意思疎通を図る。


 ということは、当たり前のことだが石版が見えていないと相手に自分の言葉が伝わらないわけだ。


 彼は慌てていた。とても慌てていた。たぶん彼の人生でトップファイブに入るレベルでテンパっていた。とにかく謝れねばならぬと決意して他のことがまた頭の中からすっぽ抜けていた。


 ガチャッと扉を少しだけ開け、紳士的にメッセージを浮かべた石版のみそっと彼女の元に送り込む。


『すまない。だが私は変態ではない』

「きゃー!?」


 一度目はタイミングを逸して棒立ちになったフローラも、さすがの二度目には悲鳴を上げ、ますます魔法使いをパニックに陥れたのであった――。

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